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津軽〜下北半島

本州最北端の青森県はかつて八戸の南部氏が東部を、と弘前を本拠とする津軽氏が西部を支配しており、対抗関係にあった。その歴史的背景は、今でも旧両藩間の人間関係に影響を及ぼしているらしい。城下町弘前の史跡や金木町の太宰治生家、三内丸山遺跡、恐山などしぶいポイントを見てまわった。


(左)弘前の伊藤重宅の「松陰室」。吉田松陰が弘前を訪れた際ここに泊まった。左に見えているのが「偉人棚」。明治維新前後の偉人が遺したグッズが陳列してある。西郷隆盛のイカ釣り道具もあったぞ。写真右の掛け軸は伊藤重の提唱した「養生哲学」の根本原理(掛け軸をクリックしてみて下さい)。ここには明治時代から続いている幼稚園も隣接している。この家の事は司馬遼太郎の「街道をゆく」にも詳しく紹介されている。
(左)弘前・長勝寺の羅漢軍団。真ん中に目立ちたがり屋が・・・
長勝寺は歴代津軽藩主の菩提寺で、数年前に何代目かの藩主(名前忘れた)のナマ死体が発見されたらしい。説明してくれたおばちゃんによると、当時の埋葬の仕方が完璧だった為、発見時も水分が抜けておらずほとんど死んだ時の状態だったらしい(40kg以上あった)。ご子孫の要望により再埋葬され現在は見られない。

(左)青森県深浦町の黄金崎不老不死温泉。塩泉に鉄分が混ざっているような泉質。後ろは日本海で気分爽快
(右)三内丸山遺跡の物見櫓復元物。三内丸山遺跡は数年前よりスポットを浴び出したが、実は江戸時代より知られており、約5,500年前の集落群から400年前の城館跡まで幅広い時代の遺跡が発掘されている。メインはやはり縄文時代の大集落跡で、現在約700棟の竪穴式住居や墓地、おびただしい土器や遠方との交易品などが発見されており、現在も発掘中である。この時代には関東・近畿よりも東北の方が先進地域だったのかも知れない。

恐山・宇曽利湖。岸辺に亡くなった方の形見であろう釣竿が置いてあったのが寂しい。恐山は参拝料500円

(左)恐山境内にある温泉。一般客が入れる風呂は全部で3つあり参拝者は入り放題。ここも夜入ったら怖いだろうな。宿坊もある(一泊二食付き5000円)ので誰か試してください。イタコの口寄せもできる(一件3,000円)
(右)弘西林道から白神山地を望む。悪路+雨で難儀した。


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