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屈斜路コタン〜川湯温泉


6月30日

屈斜路コタンに3日ぶりで戻った。バイクを事故の時応急処置をして以来ほったらかしにしていたので掃除も兼ねて見に来たのだ。ヒッチハイクで2台乗り継いで午後に「丸木舟」に到着。さっそくバイクを点検。自分も怪我したがバイクもキズだらけ。タンクも思いっきり凹んでいる。でも4日後には乗ってかえらないといけないので丁寧に掃除をしてチェーンオイルをさす。幸い走る分にはまったく問題無い。問題はこっちの肩が後4日でどれだけ回復するかである。気合を入れて治そう。
それにしてもバイクという乗り物は本当に面白い。バイクは「感じる」乗りものだ。車と違って、自然の変化を全身で受け止めなければならない。晴れの日は突き刺す直射日光を、寒い朝には体中冷え切り、雨が降れば水の弾丸でずぶ濡れとなる。また物理法則に逆らえばそのまま転倒し痛い目にあう。非常に原初的な感覚である。バイクに乗っている時、私の五感は原初に帰ってめまぐるしく働く。この感覚、単純だけどすごく大切なんじゃないかな。東京で働いている時、煩雑な事務と同じようなサラリーマンに囲まれ、それに適応しようとするあまりいつの間にか自分の立っている位置や、自分が今本当に何を求めているのかという基本的な事さえよく分らなくなっていた。バイクに乗って北の大地を走り、大空の下でテントを張って眠り、地球に思いっきり肩をぶつけて痛さを感じて、やっと自分の内側から発せられる声をキャッチできるようになってきたと思う。



7月1日

「丸木舟」は民宿なので連泊にはちょいとつらい。そこで今日は再び川湯温泉へ向かう事にする。目的地までは約16キロ。運動も兼ねて歩いて行く事にした。16キロといっても歩くと結構遠い。歩く内に足の裏が痛くなってくる。丁度半分進んだ所に砂湯温泉という観光地があり、そこで休んでいると雨が降ってきた。ここで徒歩は断念してバスに乗り込んだ。
川湯温泉にたどり着き、「蜂の家」ライダーハウスにチェックインした後、硫黄山へ散歩。宿近くから雑木林の中を遊歩道が延びていて、往復約2時間で川湯の自然と硫黄山の勇壮な景観を楽しむ事ができる。硫黄山のレストハウスには「熊カレー」「鹿カレー」「トドカレー」の詰め合わせが置いてあり食指が動いたが、なにぶん怪我人の身、帰りの荷物を出来るだけ軽くしたいのであきらめた。でもとどカレーなんか結構コクがあって旨そうやんか。
宿に帰るともう一人怪我人ライダーがいた。彼は今日近くの道道でこけて足首を折っていた。なんでも舗装路に大きい出っ張りがありそれにバイクが引っかかったらしい。こちらは肩なのでまだ自由に動き回れるが、彼はバイクはおろかトイレに行くのも一苦労で見ていて気の毒だ。このライダーハウスは野戦病院の様相を呈してきた。



7月2日

朝夕二回近くの公衆浴場へ行く。番台のおやじさんとも顔見知りになり湯上がりにおしゃべり。おやじさんは将来この銭湯を買い取り自分で経営したいと言う。そうしたら二階をライダーハウスか民宿にして、近くにはラーメンの美味い赤ちょうちんを奥さんと一緒に開く、これがおやじさんの将来ビジョンだ。自分の夢を持っている人はいくつになっても魅力的だ。おやじさんはライダーハウスでぶらぶらしていても暇だろうと言って推理小説を何冊か貸してくれた。
今泊まっている「蜂の家」ライダーハウスはかなり広い建物だ。 その一階の一部が宿泊用となっているが。二階他は普段は使われない。ここは昔は何だったんだろう?オーナーに訪ねてみると終戦までは料亭だったが、子供の教育に悪いという事で閉鎖したらしい。料亭が子供の教育に悪いとは思わないが、昔の事だから置屋とかも兼ねていたんだろう。だだっ広くて湿気ててかつ寒いこの大広間に、たった三人で寝袋を並べて寝ているのはあんまりぱっとしない光景である。


7月3日

朝、もう一人の骨折ライダーのために、代わりに交番へ事故証明の為の届けを出しに行く(彼は足の甲が折れたため歩けない)。交番へ着いたら、目の前でカラスが別の小さい鳥(何の鳥かよく分らなかったが)を襲撃し、隣りの屋根の上までくわえて行きそこで羽をむしって食べていた。その小さい鳥はツガイで、もう一羽は襲撃現場あたりでピーピーないていた。まさに弱肉強食である。
交番で彼の事情を説明すると、おまわりさんはライダーハウスまで出向いてくれる事になった。ライダーハウスでの書類作成はものの5分で済んだが、それからの世間話が約二時間。北海道の警察官はひまなのか?
その後しばらく昼寝をした後再び16km先の屈斜路湖畔「丸木舟」へ。翌日は小樽に向かって走り出さないと予定のフェリーに乗れないので、バイクのある「丸木舟」に戻っておかないといけない。そしてまたまたヒッチハイクを敢行、止まってくれた人は近くのホテルの支配人で大変丁寧な言葉使いをする上品な紳士だった。
よる、再びMOSHIRIのライブを楽しむ。



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