1999年旅記目次へ

標津〜屈斜路コタン


6月22日

秘湯の薫別温泉(無料露天混浴)へ向かう。羅臼から滝の沢林道に入り、そこからがけっこうややこしい。地図にない分かれ道がいくつかあり、よく分らないなりになんとか進んできたが、しばらくしてT字路に突き当たった時、どちらに進んだら良いかまったく分らなくなった。原生林のど真ん中で看板も何もない。うーん、どっちに行こうかと考えていた時、ふと見ると前方右側の大きなフキの葉っぱに何か書いてある。さらに近づいてみると赤いペンキで逆さクラゲの絵が書いてあるではないか!その葉っぱが右に向いているので右か、と見当をつけて進んでみると温泉帰りのライダーに出会った。やっぱりこっちか、それにしてももう少しマシな案内板つくれんかな。その後も温泉の入り口や温泉間近でも道に迷い、ようやく川沿いの露天風呂にたどり着いた頃にはくたくたになっていた。後で聞いたのだがここは道が分らず断念する人が結構いるらしい。これが秘湯の証なんだろうか。温泉にたどり着いてからもここは秘湯ぶりを発揮する。湯がかなり熱いので川の水で埋めるのだが、川が数メートル下にあるので、紐のついたバケツを放り投げて水が入ったら汲み上げるのである。ちょっとやそっとでは埋まらず、バケツも引き上げる途中で岩にぶつかって水がこぼれたりするので、結局30分以上全裸で汲み上げ活動をしてやっと入れる温度になった頃にはさらにふらふらとなった。
せっかくツーリングの疲れを取るために温泉に来たのに余計疲れてしまった、よし今度こそのんびりしようと近くにあるもう一つの露天風呂、川北温泉(無料男女別))に行く事に決めた。ここはそれほど迷わずにたどり着けた。服を脱ぎ、熱めの白濁した湯にはいる。ああ、やっとゆっくりできる、と思ったのもつかの間、初老のおじさんが入ってきて「今から風呂を掃除するのでちょっと出といてくれんかのう。」ああ...がっくりしたところに追い討ちをかけるように「掃除、手伝ってくれんかのう?」今日はよっぽど風呂についてないらしい。モップを持たされて岩にこびりついた垢と湯の花をこすりとっているといよいよ目が回ってきた。

羅臼岳


6月23日

野付半島への半日ツーリングへ出かける。前日開陽台キャンプ場で一緒になった女のライダーと一緒だ。風が強く走りにくい日である。半島は地図で見ると道幅ぐらいしかないので、九州の「海の中道」みたいなのを想像して行ったが実際はだいぶ幅広であった。それでも途中の休憩ポイントでは湾内に続く遊歩道沿いに何種類ものきれいな花が咲き、更に進むと海水に浸食され立ち枯れしたトドマツ(なぜかトドワラと呼ばれる)の幻想的な光景も見られ、なかなかよい場所である。帰りは風蓮湖をほんの少しかすめて別海経由で開陽台に戻る。
夜はキャンプ場で宴会だ。みんなめいめいの食材を持ち寄り、酒と共につつきあう。10人程いたのでメニューも豊富で、ジンギスカン・鮭鍋とバター焼(贅沢なことに時ジャケ!)、オクラのサラダ、にらの和えもの、チャーハン等々が地べたに並べられる。幸いなことに元板前さんライダーがいて色々調理を手伝ってくれた。僧侶ライダーもいて、ジンギスカンをガンガン食っていたので「こんなん食っていいんですか?」と聞くと「いや、すでに死んでいるものは食わない方が殺生だ」と味のある答えが帰ってきた。この人は千葉県のあるお寺の住職で、寺と檀家のしがらみを振り切り13年ぶりに北海道へやってきたそうだ。「頼むから俺が北海道にいる間は誰も死なないでくれ」と仏に祈っていた。おもしろいお坊さんである。結構気が合って話し込んでいるうちに夜更けになりまた一升瓶を空けてしまった。


6月24日

また雨だ。急いでテントをたたみ、次の目的地へ向かう。当初は根室へ行く予定であったが、走行ペースも遅れていたので根室は飛ばして屈斜路方面へ向かう事にした。約2時間の道のりであるが途中雨が強くなり体の芯まで冷えてきた。屈斜路湖近くの川湯温泉のライダーハウス「蜂の家(一泊600円)」にチェックインしすぐさま近くの公衆浴場へ行き冷えた体を解凍した。
風呂を出て目の前の「コタンの店」というアイヌ民芸品店に絵葉書を買いに行った。奥からでてきたのはおじさんとおにいさんの中間ぐらいのハンサムな男性である。ざっくばらんな人で短時間の間にいろいろな話をした。この人は磯里明さんというアイヌ木彫界では超有名な彫師の息子さんであった。そんなすごい店で絵葉書だけ買うのも情けない話だが...


6月25日

摩周湖へ。日本一の透明度と言われるが、一方で霧に覆われている事が多く、はるばるやってきてもほとんど何も見えない場合もある。しかし今日は快晴、その神秘的なあおい湖をじっくり鑑賞できた。できれば潜ってみたいものだ。十分堪能すると今度は硫黄山温泉へ向かう。ここは硫黄山の山裾にあるバスタブ一つの無料露天風呂だ。国道391号線から旧ユースホステル脇の林道を5分程走ると正面にたどり着く。温泉の周りあちこちから煙が立ち昇り、やっぱりやたら硫黄くさい。ひとっ風呂浴びて、屈斜路湖畔コタン温泉にあるドライブイン「丸木舟」へ昼飯を食いに行く。ここは階上に民宿もやっていて、驚いた事に夜になると一階の食堂がライブハウスに変身するのだ。出演者は食堂のおねえさんや阿寒湖の民芸品店の人たちなど。自主制作のCDをもう12枚も発売しているらしい。面白そうなので、今日はここに泊まる事にして一緒に夜のライブの予約もする。荷物を降ろして再び林道へアタックだ。
午後から屈斜路湖畔林道へ向かう。林道入口には「太平洋戦争末期に旧日本軍が毒ガスを投棄した疑いがあるので調査が終わるまで立ち入りご遠慮下さい」の看板が立ててあり、小枝でできた貧弱な柵が立っているが、かまうものか。湖沿いのダートを右に左に調子よくハンドルを切っていたが、半分をちょっと過ぎた辺りでやってしまった。右カーブを曲がりきれず大転倒した。フロントブレーキをかけすぎたせいか肩からまともに落ちた。しばらく激痛で動けなかったが、こんな人気のないところでクマにでもこんにちはしたら大変なのでとりあえず脱出だ。痛みに耐えながら半分道からとび出しているバイクを引き上げ曲がったハンドルを握って国道まで出る。肩も痛いがバイクも心配なので先に美幌のバイクショップで応急処置をしてから(これがまた遠かった)宿に戻る。宿の主人に車で病院に連れていってもらったところ、肩甲骨骨折の診断。レントゲンで確認すると見事にポッキリといっていた。最低でも二週間は三角巾で安静が必要らしい。まさか折れているとは思わなかったがやはり普通の打撲よりは相当痛い。ああ、これで今回のバイク旅行も終わってしまったか。


1999年旅記目次へ