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1月1日 パキスタン Rawalpindi / Hunza Tourist Lodge (S150ルピー)
                           中庭に駐輪可

 「グッドモーニング」とごく普段どおりレセプションの男に声を掛けられて新世紀の第一日目はスタートした。昨日の20世紀最後の日も普通だったが今日はもっと普通だ。朝イチで目の前のインターネットクラブへ行き、昨日やり残した仕事を終え、そのついでにオーナーに尋ねてみた。

「今日は日本とかヨーロッパでは記念すべき日なんだけど、パキスタンではそうでもないのか?」
オーナー「別に普通の一日だねえ」
「とすると、パキスタン人にとって暦の上で伝統的な新年の日とはいつなのだ?」
オーナー「(かなり考えて)・・・忘れた」

ペシャワ-ル博物館のガンダーラ佛。
仏様というよりは、ひたすら解脱への
道を求め苦闘するひとりの「男」だ
それくらい、パキスタンの人々にとって「新年を迎える」という概念は薄いのである。これはパキスタンだけなのか、それとも熱心なイスラム教国家全体に通じることなのかはよくわからない。ただ、イスラム教が生まれたのは季節感のない砂漠の中、そういう環境では太陽の動きに基づいた一年の区切りを意識することはあんまり重要ではなかった、というのは想像できる。「新年に際し気持ちを新たに・・・」というのは、基本的には農業を生活の基盤とした人々の発想だったのかもしれないね。

午後からは初走り。バイクにまたがり「レイコちゃんどうか今年もしっかり走ってね」とやはり農耕民族的に願をかけペシャワ-ルを出発。途中、数日前に滞在したガンダーラの地・タキシラに再び寄り、アショカ王がじきじきに建てた巨大ストウーパに初詣するところなんかますます百姓くさいが(且つ思い切り神仏混交してるし)、日本人はこれでなんとなく気分が落ち着くのだからそれでいいじゃないか!(正月早々わけのわからん文章になってすんません)
 初詣のあと、年末に世話になったフンザツーリストロッジへ再びチェックイン。てなことで俺の21世紀はごく普通に始まった。





1月2日 パキスタン Rawalpindi / Hunza Tourist Lodge (S150ルピー)

 朝一番でイスラマバードのインド大使館へ行き、ビザ代2200ルピーの支払いとパスポートを預ける。5時にまた取りに来なければならないのが邪魔くさいが仕方ない。またまた顔を合わせた苦学生戸倉君と一緒に飯を食い、その後はホテルに戻って時間まで時間をつぶした。
 今日はあんま書く事がないので、今まで書かなかったガソリンスタンドの事とかを書いてみよう。

パキスタンらしからぬ近代的な給油所
パキスタンのガソリンスタンドは他の建物と不釣合いに立派。イランの国営スタンドなどよりはよっぽどちゃんとしている。それに数も多く、小刻みに給油しておく必要もない(バルチスタン州は別)
 ブランドはPSO(パキスタン・ステート・オイル)とPBS(?)、外資はシェルとカルテックス。エンジンオイルも外資製品が数多く揃えてあり、オイル探しに苦労したイランとは対照的だった。
 ただしガソリンの質については?マーク。レギュラーは有鉛("Low Leaded!"と宣伝してあった。そんなもん宣伝すな!)、ハイオクタンはごく一部の新設給油所にしかおいてない(これが有鉛か無鉛かはわからない)。
 PSOのガソリンの広告横断幕を見て笑った。ほとんどアラビア文字で書いてあったので正確にはわからないのだが、その中でひときわ大きく「87OCTAN!」と、これだけは英語で書いてあった。わざわざ横断幕を制作して強調すると言う事は、それが高品質だと訴えたいのに違いないが、「すごい高オクタン!」と87オクタンを褒め称えているところに可笑しさがある。なぜなら日本や欧米ではレギュラーで95オクタン前後、ハイオクで98〜100オクタンだからだ。(オクタン価とは、ノッキングの起こりにくさを示す指数で、高い方がいい。ノッキングとは・・・近くのガソリンスタンドで聞いてね!)
 ちなみに価格はレギュラーで32.5Rs(元旦に値上げしよった。それまでは30Rsだった。公定価格で全国共通。ただバルチスタン州は、イランからの輸入品を売ってるので半額ほど。)
 あと、多くのスタンド内には簡易モスクが建てられていて、車を降りてそこでお祈りしている人の姿も良く見かける。

・パッキーは立小便ではなく座り小便だ。これはパキスタンだけではなく、イランでもそうだったから、座り小便はイスラム文化の一つなのか?見てるとなんかみみっちくて、「男なら堂々と立っておっ放てえい!」と横で立小便したくなってくる。だからパキスタンの男便所には小便用と大便用が分かれてない。
 あと、これはパキスタンだけではなくアジアの多くの国でそうなのだが、糞をした後の尻は、柄杓で水をたらしながら手で洗う。最初は汚いような気もしたが、慣れるとかえってこちらの方が良くなってくる(実際にこちらの方が絶対キレイになる)。例えウォシュレットでも、完全には取れないからねえ・・・




1月3日 パキスタン Lahore / Hotel? (T150ルピー)

 無事ビザもゲットし、今日から再び移動の日々が始まる。今日は取りあえず300キロ走ってインドとの国境近い大都市ラホールまで戻った。
日本進出を目論む面々
 年末にもラホールへは立ち寄り、その時サリームさんというレストラン経営者に世話になったと言う話を書いたが、今日もまずそのレストランへ足を運んだ。
 バイクを店の脇に泊めると、サリームさん他スタッフ総出で迎えてくれ、またまた頼みもしないのにどんどん皿が運ばれてくる。ここは大衆食堂なんだけど、味はバツグン。ナンも焼きたてを出してくれるからホカホカして何ともいえない。満腹になった後チャイを飲みながらしばらく話した。

話しているうち、どうもサリームさんおよびこのレストランの共同経営者たちは、日本進出という野望を持っていると言う事が分かってきた。近いうちに市場調査の為の訪日を考えている。滞在費をはじきたいので、日本の物価を教えてくれ、と頼まれた。俺はただで二回も食べさせてもらっている借りを返さないといけないので、衣食住それぞれに分け、できるだけ細かく紙に書いて教えてやった。あと、日本で人を雇う時の人件費も・・・

 「ウエイターとかだったら時給8ドルぐらいから雇えるんじゃないかな?」
 サリーム「時給?日本人は時給で支払うのか?」
 「アルバイトは時給か日給、正社員は月給てのが一般的ですよ」
 「ところで今、ウエイターは時給何ドルって言った?」
 「8ドル」
 「それ、日給の間違いじゃないのか?」
 「いや、日給なら50ドル以上になりますよ」
 「(絶句)・・・・」

 味もいいし、日本でパキスタン料理ってあんまり聞いたことないからうまくいけば成功するかもしれないけど、やはりまず現地に行って自国との衛生観念の違いを認識してもらわないと始まらないね、パキスタン人の場合は特に。こればっかりは、口で言うより「百聞は一見に如かず」だろう。

 そんなこんなでまたまた遅くなり、またサリームさんに先導してもらってホテルを捜す事になった。YMCA、YWCAともに改装休業中だったので、町なかの、一階が24時間営業の食堂になっている安宿に連れて行ってもらった。ガレージはないが、食堂のレジの前に駐輪したので大丈夫だろう。
今日もチカれた。


1月4日 インド Amritsar / Tourist Guest House (W200ルピー)
                    ホテル中庭に駐輪可

 ラホールから35キロ先のインド国境に向かう前に、三たびサリーム氏のレストランに立ち寄る。最後の挨拶のためと、もう一つは昨日帰り際に、客の一人で前首相(追い出されたあの首相か?)の私設秘書だったと言う男が近寄ってきて「明日一緒に写真を撮らせてくれないか?」と頼んできたので、なぜ俺と写真を撮りたいのか良くわからなかったが、別に断る理由もないし、午前なら結構ですよと今日の朝10時に約束したのだ。
 俺はちゃんと10時に行ったのだが、その首相秘書男は一時間経っても現れず、結局俺はまたしてもただ飯ただチャイをご馳走になって(3回目)、正午にラホールに別れを注げた。それにしても首相秘書男、自分から頼んでおきながら、連絡もしてこず横柄な奴だ。

ワガ国境から少しインド側に入ったところ
 ラホールを出て運河沿いをほぼ東へ一時間ほど走るとワガ国境に到達する。パキスタン出国、インド入国とも手続きは意外にスムーズ、かつ友好的。特にパキスタンのカスタムでは、お疲れさんまあ一服なされ、とミルクティーまで振舞ってくれた。国境で茶を出してくれるところなぞ他にあるだろうか?最後の最後までパキスタン的ホスピタリティを味わわせてくれ、ちょっと感動もんだった。
 パスポートとカルネにハンコをもらい、ついに34番目の訪問国インドへ足を踏み入れた。

 インドに入ったからといって特に変わった事はないなあ・・・ときょろきょろ周りを見回していたらあった、それもかなりでかい変化が。それは女。
 女がいっぱいいる!女が髪の毛を出している!ほんでナント、女がスクーターを運転してるゥ〜!!!
 イスラム圏を脱し、久しぶりに女がアクティブに動いているのを見て、ミョーに新鮮な感動と興奮を覚え嬉しくなってきたね。やっぱり女性も活動して魅力的になるというもんだ。
 バイクを泊められる宿を捜し当て、チェックイン後町を歩いた。そしてそのときもう一つの大きな違いを発見。それは、酒が飲めるゥ〜!
 レストランに入り、鶏から揚げとビールを注文。国産650mlのビールはエラくまずくてその割には高かったが(60ルピー)、それでも久しぶりのアルコールということがマズさを相殺し、もう一本飲んだ。つまみも次々に頼み、結局300ルピーほどになったが、 インドまでやってきた満足感と、ひさしぶりのビールでなかなか良い気分だったぞ。




1月5日 インド Ambala / Surya Hotel (W200ルピー)
                     玄関前に駐輪場あり

牛糞とわらと土を混ぜて作る燃料
 パキスタンのペシャワ-ルから国境を越えて続いているGT(グランドトランク)ロードを今日も東へ向かう。リキシャ(人力車)、オートリキシャ、自転車、歩行者、野良犬、野良牛、野良豚をかわしながら、時にはかわされながら前進するが、なんせ人が多くてなかなか進まない。日没直前まで走るが結局300キロに到達せず、アンバラと言う比較的大きな町で宿を捜す事になった。
 市街地に乗り入れたはいいものの、両側にぎっしり店や民家が建ち詰まっている路地は迷路のように曲がりくねりかつ細い。そこへもってきて2輪3輪4輪2足動物4足動物入り混じってすごい交通量で、歩く方が断然早いぐらいのスピードになってしまった。これにはさすがに根を上げそうになったが、しばらく迷走するうちに運良く駐輪スペースのあるホテルを見っけた。高くてもなんでも泊まるつもりだったが、シングル100ルピー、デラックス200ルピーと良心的。神経も疲労していたので、でかいベッドのデラックスルームを選んで荷物を運び入れた。

 そのあと、町をうろうろと散歩しながらメシ屋を模索するが、適当な店が見つからなかったので部屋に戻ってルームサービスで済ませた。魚フライ、ミックスベジタブル、白飯で、魚フライはまあまあうまかった。ミックスベジタブルは野菜炒めというよりは野菜カレーに近かった。白飯はいつもどおりうまくない。
 それにしても、アジアに入ってから夜が単調になってきてつまらないよ。

 



 
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