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11月6日 ギリシャ Monemvassia / Hotel Pramataris (6000ドラクマ)

Kalamataからスパルタへ至る道
スパルタは、言わずとしれた、アテネと双璧をなす古代ギリシャの代表的なポリス(都市国家)。7歳になると軍事訓練を受け、20歳から60歳までは全ての男が軍人になるという、勇ましい軍事国家でもあった。
 オリンピアからスパルタへ至る道は途中から険しい山道になり、ヘアピンカーブの連続。最高高度は1300m以上にも達した。
 その後少しずつ標高を下げスパルタに到着した時は標高は200m程になっていたが、当時はこの剣呑な山々が天然の要害となっていたに違いない。

ただ、スパルタの市内にまともな遺跡はあんまり残っていない。6キロほど離れた郊外に、ミストラスというでかい城下町の遺跡があるが、これは古代スパルタとは関係ないようだ。まあ、当時でもそれほど大きな都市ではなかったらしいし、なんと言っても2500年も前の事だから、残ってないのが普通だろう。現在のスパルティは、人口一万人のごくありふれた現代的な町だった。

それはそうと、昨日のレストランのオヤジに限らず、ギリシャのレストラン、または軽食堂のオヤジは、料理を作ってない時は客の席に来て、一緒に座って話をする事が多い。昨日の夜も、スパルティ中心部の軽食堂で食った時、店のオヤジが俺の所へ来て話し掛けてきたし、何日か前にもそういうことがあった。俺が日本人の観光客で、珍しいので寄ってきてるのかとも思ったが、よく観察すると地元の客の所にも行ってしゃべっている。
 ギリシャに来てから小さな親切をたくさん受けているが、このレストランのオヤジの行為に代表されるように、ギリシャ人の親切さ、フレンドリーさは、飾り気がなくて自然体なんだな。自分と他人の立場の違いをあんまり意識させないような、そんな気楽な雰囲気がこの国にはある。
 宿代も安いし、暖かいし、海もきれいだが、ギリシャに観光客が集まる理由のもう一つが、ギリシャ人のこの自然な接客にあるんじゃないかな。




11月7日 ギリシャ Monemvassia / Hotel Pramataris (6000ドラクマ)

 今いるのはMonemvassia という、ペロポネソス半島のほぼ南端に近い小さな町。何日か前に、半島に渡るフェリーでアテネのライダーから勧められたんだな。言われなかったら多分訪れてないような、あんまりメジャーではなさそうな観光地だが、これが実にいいとこだ。
 
町は橋をはさんで二つに分かれており、橋を渡った小島の方に、古い街並みと16世紀の要塞跡が残っている。
 ここもチェコのクルムロフやクロアチアのドゥブロヴニクとよく似た、城壁の中に細い路地が入り組んでいるパターンだが、この二つの町よりもさりげなくて、店の数、観光客の数も少ないし、何より国宝級の遺跡が何の保存措置もとられずに、ただ「ハイ見てください」とそこにあるだけ、というのがギリシャらしいね。遺跡から崩れ落ちた壁石がただの石ころと一緒になって転がってるし、道しるべもあんまりない。城壁に沿って崩れ落ちそうな急な階段を登っていったら(当然手すりなんてない)、途中で行き止まりになってけっこうおっかなかった。
 ちなみにこの島は昔は陸続きだったが、紀元375年の地震で、孤島となってしまったらしい。要塞跡の頂上に登って下を眺めたら最高に気持ちよかったよ。天気も良かったしねえ。

泊まっているところは、島と反対側の普通の村の小さいホテルなんだが、ここも海に面していてちょっとしたリゾート気分でなかなか快適。もともとツインの部屋なので広いし、白を基調とした内装もシンプルで良い。テレビも電話もバルコニーもついてて、エーゲ海(クレタ海なのかな?)の波の音を聞きながらビールを飲んでると、ちょっとリッチな気分が味わえるというもんだ。




11月8日 ギリシャ Athens / スピロの自宅兼仕事場 (メシ付き無料)

アクロポリスの丘から市街を見下ろす。
写真にも見えるように、市内には丘が多い
 Monemvassiaを出てアテネへ向かう。ペロポネソス半島はちょうど手の形になっており、今日はその南端、ちょうど人差し指にあたる部分から出発して、そのあと手のひらのほぼ真ん中を登ってゆき、最後は親指の付け根を横切ってバルカン半島側にあるアテネに至った。距離にして300km。天気も良かったし、途中ギリシャらしい岩山の景色が見られてなかなか気持ちよかった。
 半分程有料の高速道路を使ったが、750ドラクマと日本の高速と比べるとべらぼうに安い。ヨーロッパでは高速道路は無料のところが多いが、有料の場合でも財布の中身を気にする必要のないほど安い。なんで日本の高速道路があんなうそみたいな法外な料金をとっているのだろうか?やっぱり土地が高いから?メンテナンスをマメにしてるから?、それともただ利用者負担の原則に忠実なだけなのか?こっちで「東京から大阪まで600キロの高速代は100ドルだ」と言ったら、みんな目を丸くするね。

4時ごろにはアテネに着いて、警察署の前の公衆電話からスピロに電話をかけた。彼とは11月3日にパトラスの渡し舟の中で出会い、「アテネに来る事があったら連絡してくれ」と電話番号を教えてもらってたのだった。
 彼の携帯に電話をかけると、俺がいる所まで迎えに来てくれるという。「今どこにいるか教えてくれ」と聞かれても「警察も前だ」としか答え様がない。と、その時10m程先に、門番の警察官を発見したので、無理やり電話口まで引っ張ってゆき、ここはどこかを説明してもらった。おかげで15分後にはスピロと再会することができたよ。その若いおまわりさんには、電話に出てくれたお礼と、先日あったアテネのバスジャックを解決してくれたお礼をしといたよ。彼は「ぼくは非番だったからねえ・・・」と笑っていた。

スピロはフリーランスのアニメータ。丸顔に大きな目、坊ちゃん刈りが面白い25歳の若者だ。でっかいトライアンフの955ccに乗って迎えに来てくれた(それもノーヘルで)。警官も交えて3人で少し立ち話したあと、彼のアパートへ向かった。
 スピロのアパートはアテネのほぼ中心部にあり、その4階の部屋からはアクロポリスの丘にそびえるパルテノンがよく見える。かなり大きな、多分6畳の間が3つぐらい入るリビングにキッチン、バスルーム、物置部屋、ベッドルーム。リビングの端には、彼の商売道具であるワークステーションなみのコンピュータと、21インチの大型モニタが鎮座しており、もう片隅には彼のお母さん作(彫刻家らしい)の美しいタペストリーが架かっている。そしてこの家にはもう一人、というかもう一匹、パンナという一歳半のオスのシャム猫が同居していてなかなかかわいい。
 大都市のアテネでまた宿探しか・・・とうんざりしていた俺には、この彼の招待はあり難かったね。やはり持つべきものは「行きずりの友」?

なおかつおまけにラッキーだったのは、この日、俺が電話する直前に、ギリシャ北部地方に住む彼のお母さんから、手作りの惣菜が一杯詰まったダンボールが届いたらしく、俺は彼のママの愛情こもった郷土料理にまであずかる事ができた。チーズと野菜が詰まったパイ、肉詰めパイ、ミンチをプラタナスの葉で包んでオーブンで焼いたもの等、いままでレストランで食ってた焼肉系とは全然違う、もう一つのギリシャの味を堪能させてもらったよ。




11月9日 ギリシャ Athens / スピロの自宅兼仕事場 (メシ付き無料)

アクロポリスのパルテノン。
酸性雨の被害が深刻とか・・・
スピロのトライアンフの後に乗り、アテネを観光。
といっても、昨日夜中遅くまでしゃべってて朝起きられなくて、結局アクロポリスに登って、その後プラカ通りでお茶しただけなんだけどね。
アクロポリスの丘に上がって市街を見下ろす。
 アテネは人口300万人の大都会で、周囲を山と海で囲まれた市街地域には白っぽいビル、住宅群で埋め尽くされている。住宅群は平地だけでは収まりきらず、周囲も山々をも覆い尽くし始めており、もっともひどいところでは、山の半分以上にまで住宅群が登ってきている。この調子だと、数年後には山の頂上まで家が建ち、勢い余って山の向こう側にまで降りていくんじゃないか。

その後は、スピロの友達が遊びに来て、三人で、映画を見に行ったりバーで飲んだりして過した。
映画は2000ドラクマと安かったんだが、上映後15分ほどで突然映像がストップした。電気関係のトラブルらしく、俺達は席に座った瞬間に退出する事になった。こんな経験も生まれて初めてだな。


 


11月10日 ギリシャ Athens-Hiros / 夜行フェリーで移動

 アテネもかなり暑い。市内をバイクジャケットを着て走ってると汗だくになってくるほどだ。空気もけっこう汚れていて、
真ん中がスピロ、右が友達のジョーンズ
抱いているのはシャムネコのパンナ
今日フェリーチケットを買うために街中を走り回ってたら気分が悪くなってきた。スピロによると、真夏は50度にもなるらしい。ほんまかいな?

スピロは本当にいい奴で、昨日は俺を観光案内してくれたし、今日はフェリーチケットを買うのについて来てくれた。この二日間ほとんど俺の世話だけをやいてくれている。自分の仕事(3Dを駆使したゲームやアニメーション制作)もあるだろうに「後でやるから大丈夫だよ」とにこにこしている。そもそも、単にフェリーでたまたま一緒に乗り合わせて十分しゃべっただけの男を、家に招いてくれる事自体がものすごい親切で、こんな男もなかなかいないだろう。なにも彼は、はるばる東からやってきた旅人ライダーだけに親切なのではない。今日街を歩いているとき、路上でバランスを崩してバイクを倒したおっちゃんを見るや否や、ダッと走っていってバイクを起こし、散乱したおっちゃんの書類をひろってあげていた。それがまるでなんの躊躇もなく、なかば反射神経的に体が動いていたから、これはもう彼の「性格」というより「本質」と言った方がいいかもしれない。

そんなスピロが「気のすむまで何日いてくれてもいいよ」と言ってくれてたのだが、そんなに毎日いたら、本当に彼の仕事を邪魔する事になりかねないので、今日の夜のフェリーでトルコに向かう事にした。アテネでイランのビザを取りたい気持ちもあったのだが、イラン大使館および旅行会社に確認すると取得に6日間かかるということなので、さすがにこれは気が引けた。ビザはトルコのどこかでとる事にしよう。
 出発の際、スピロは「君のグッドラックのために」といって聖母子像のプレートをくれた。木製の土台に銀細工で聖母子が掘ってあるコンパクトなプレートで、聞くとおばあちゃんの形見だと言う。そんな大事なもんもらえないと断ったのだが、どうしてももらって欲しいというので、根負けして頂戴してしまった。それだけではなく、自分の使っているチェーンオイルまでくれた。そういえばタバコも買ってくれたしコーヒーもおごってくれた。こういう親切に、どう応えればいいのか?

なんやかんやと別れを惜しんでる間に時が過ぎ、フェリーの時間が迫ってきたので、あわてて荷造りしてフェリーポートに向かった。10日ほどしかいなかったが、最初の予感どおり、ギリシャでは素晴らしい時間を持つことができた。当たり前だが、10日では全然足りないし、いつかまたゆっくり訪ねてみたいね。エーゲ海に浮かぶ島々でスキューバダイビングをしながらゆっくり過したいし、クレタ島に行ってクレタ人が本当に嘘つきかどうかも確かめてみたいしね。

備忘禄

・ギリシャのガソリンスタンドではクレジットカードが使えないところが多い
・ギリシャの教会のカネの音は、三三七拍子なので笑える
・イタリアもそうだったが、ギリシャの道路、特に都市の道路はつるつるでかなり滑りやすい。雨の日は特に要注意だろう。

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