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11月1日 イタリア Brindisi-Igoumenitsa / フェリー中泊

ポテンツァを出発してギリシャ行きの港へ向かったのは午後二時頃。
朝から雨が降っておりなかなか出発できなかったのだ。出発時も雨は降っていたんだが、これ以上待ってると港への到着が遅くなり今夜中にフェリーに乗れなくなるかもしれない。
 港の選択肢としては二つあった。一つはクロアチアからイタリアに渡ってきたときに上陸したBari、そしてもう一つがBariから100キロほど東のBrindisi。Bariの方が距離的に近く、入国時にフェリーの時刻と金額も確認してあるから、最初はこっちにしようかと思ったんだが、途中でBrindisiに変えた。というのは、Bariに行くためにはアペニノ山脈を越えなければならず、この天気で山道は苦痛でしかない思ったからね。Brindisi発のギリシャ行きフェリーは何時出発なのかわからなかったが、多分夜出て朝着く便があるだろう。

幸い走り出してしばらくしたら雨は止んでくれて、Brindisiには6時ごろ着いた。地図で見た限りではちっぽけな港町だと思ってたのだが、結構賑やかで、フェリー会社も思いのほかたくさんある。街中のチケット販売所で9時Igoumenitsa行きのチケットを買い(4万5千リラ+港tax2万リラ)、出来合いのピザを買い込んでフェリーに乗り込んだ。
 ギリシャまでは約10時間。俺のチケットはまたしてもデッキ席で、乗船後スタッフに場所を聞くと、上だという。言われるままに上に上がると、そこはまさに屋外のオープンデッキ。こんなとこで寝れるわけないだろ!なんか安いと思ったらこういうことだったのか・・・

船内には大部屋もあって、そこにはゆっくりもたれられる椅子もあるのだが、そこに入るのは別に1万リラ払うべしと言われた。1万リラといっても500円だから別に払ってもよかったんだが、なんか騙されたような、釈然としない気分でもあったので、意地を張って一時間ほど外で過した。
 その後談話スペースでPCの作業をこなした後、例の大部屋へ顔を出したら係の人間は誰もいなかったので、勝手に入ってシートを4席分倒して横向けに寝た。ざまあみろ。シートはクロアチアから乗ったフェリーのよりは快適で、熟睡とまでは行かなかったがそこそこは寝れたな。

そういえば、パソコンで作業してる時、このフェリーのエコノミストと自称する制服の男が寄ってきて色々と話し掛けてきた。フェリーのエコノミストを言うのもおかしな話だから、多分アカウンタント(経理係)のことだろう。歳は俺と同じぐらいで30代半ば、なかなか陽気で親切な男で、ギリシャの事もいろいろ教えてくれたな。ほんの一時間ほどのおしゃべりだったが、これからのギリシャの旅が楽しいものになるような予感がしたね。




11月2日 ギリシャ Amfilohia / Hotel Oscar (8000ドラクマ)

 朝7時、フェリーから降りた瞬間に、バケツをひっくり返したような大雨になった。こりゃたまらんと港内の建物のひさしを借りて一時間ほど雨宿り。
 その後雨は止んだので出発するがしばらく走ったらまた強烈な雨、今度は農家のひさしを借りて数十分休憩。農家の人々はあくまでやさしく、タバコを勧めてくれたりする。
 その後止んだので走ったが程なくまた降りだした。今度は茶店に入ってコーヒーを飲みながら待つ。ギリシャコーヒーは豆の粉が一緒にカップに入って出てくるので、粉が下に沈殿するまでしばらく待たないといけない。最後の方は甘くないお汁粉を飲んでるようでもあるな。
 コーヒーを飲んで雨が止んだのを確認、また走り出すが、降ったり止んだりを繰り返し、あくまでもうっとうしい天気だ。
Prevezaと言う町からフェリーというより渡し舟に乗って対岸に渡りもう少し走った後、昼過ぎに飯を食ってたらまた本降りになってきたので、今日はこれ以上進むのを断念し、そこで適当なホテルをさがしチェックインだ。
 なかなか広くて清潔、プラグイン可能な電話ジャックもあり、これで8000ドラクマなら文句ないね。雨の日に走ってもいい事はないから、今日はWebの更新に専念する事にしようか。

途中で見つけた古城跡にて
結構歴史ある建築物のような感じはするんだけど、
保存措置がとられているような形跡なし。
バイクで中まで進入できるしね
(城内で立小便までしてしまった・・・)




11月3日 ギリシャ Olympia / ユースホステル (1700ドラクマ)

こういうギリシャ文字の看板の数十メートル先には、
必ずローマ字での看板もあるので心配なしだ
ギリシャに来てまだ二日だが小さい親切をたくさん受けている。昨日は農家でひさしを借りた時、子供からまあ一服どうぞとタバコをもらったし(なんで子供やねん!?)、渡し舟ではおじさんにも一本いかが?とバナナをもらった。そして今日、バイク屋を見つけたのでオイル交換しようと店に入って行くと、そこは単なるショップで交換する場所がなかったのだが、客の一人が「私が連れて行ってあげるわ」とスクータで別のバイク屋まで一緒に行ってくれた。
 またそこのバイク屋もやたらとフレンドリーで、近くの茶店からコーヒーを買ってきてくれてまあどうぞという感じで彼らの事務所に招いてくれ、そこで少しばかり旅の話に花を咲かせたりということになる。
 その後バルカン半島からペロポネソス半島に渡るため、再び小さいフェリーに乗ったのだが、そこでは乗り合わせたアテネ在住のライダーから「アテネに来たら連絡してくれ。何か役に立てるかもしれないから。」と電話番号をもらった。その小フェリーはほんの10分ぐらいの乗船時間だったんだが、その数分の間にそこまで親切にされてしまうとは、これはギリシャ人の親切さはうわさ以上ではないかと思わずにはいられない。

昨日までの悪天候がうそのように晴れ上がった空の下を気分よくツーリング。雨上がりは空気も澄んでるし特に気持ちいいね、ただ走っているだけで楽しいもんだ。そんなうきうき気分で200数十キロ、目的地のオリンピアに着いたのは午後6時過ぎ。メイン通りのどまんなかに建っているユースにチェックインだ。
 オリンピアの町は小さい。メイン通りの500mほどにホテルや土産物屋、レストランが集中しており気楽な町だ。ナポリとかローマとか、強烈に騒々しい町が続いてただけに、こういうのどかなのがありがたいね。
 表通りから少し離れたレストランで晩飯を食ってたら、日本人のジャーナリストI氏に出会った。彼は日本を代表するK通信社のカメラマン&ライターで、中東での取材の後、ここギリシャでまた別の仕事をこなしている。ただいま問題がぶり返し、銃弾が飛び交っているパレスチナ地区の最前線でも取材を行ったらしく、非常に生々しい、迫力のある話を聞かせてもらったよ。
 





11月4日 ギリシャ Olympia / ユースホステル (1700ドラクマ)

I氏に撮ってもらった写真。
かっこいいでしょう。さすがプロだな
オリンピアの遺跡と博物館を見学。
オリンピアは言うまでもなく、オリンピックの発祥地。ここで聖火が起こされ、4年毎に時のオリンピック会場にリレーされるのだ。オリンピックアはもともとはギリシャの神様の親玉ゼウスに捧げる目的で始められたらしい。
 遺跡そのものはナポリ郊外のポンペイと違いまともな形で残っている建物はほとんどないが、それでも入り口の復元図と見合わせると、各建物がもともとはどんな形をしていてどんな用途に使われていたのかが確認できる。
 けっこう日差しも強くて暑いし、およそ秋の雰囲気ではない。どちらかというと「夏草や兵どもが・・・」という感じだった。さすがにヨーロッパもここまで南下するとこんなに暖かくなるんだな。

この遺跡群の端っこに、おそらく世界最古の陸上競技場がある。
周りを芝生(の観客席?)に囲まれ、長方形のフィールドは、縦の長さが約170mほどある。何人かのツアー客がここまで来た記念にフィールドをジョギングで一周して、仲間から拍手喝采を受けている。俺もせっかくだからフィールドを往復してみた。ちょっと気合を入れて走ったら息が切れたよ。体力をつけるのは時間がかかるがの落ちるのは早いもんだ。
 昨日レストランで出会ったK通信のI氏も来ており、フィールドで走っている姿のモデルになったりもしたよ。

ギリシャに入ってから、ソブラーキという、豚の串焼きをよく食べている。もう20本以上も食べただろうか。うまい店とまずい店があるが、うまいのはなかなかイケる。あと、ギュロスという、トルコのケバブとよく似た肉の細切れもまあまあうまい。そしてグリークサラダは、トマト、玉ねぎ、きゅうりのスライスの上に大きめのスライスチーズがのり、それにオリーブオイルがたっぷりかかっている。これはどこのレストランでもほとんど同じだ。
ギリシャ料理はなかなかシンプルでビールのつまみんはちょうどよい按配だが、「料理」と呼ぶにはあまりにも単純すぎる気がしないでもないね。




11月5日 ギリシャ Starta / Hotel Cecil (7000ドラクマ)

オヤジ、絶好調
オリンピアからスパルタへ向かう途中の町でレストランに入った。
 朝食わなかったのでかなり空腹状態で、仔牛のステーキ(1500ドラクマ)とグリークサラダ(600ドラクマ)、スパゲッティ(?)を注文してたらふく食った。ステーキは少々焼きすぎのきらいがあったが、サラダとともにボリュームたっぷりで満足のいく食事だった。
 ここでおかしかったのが店の主人で、俺がグリルでくるくる回っている鶏の写真を撮ろうと思って近寄っていったら、頼みもしないのに自ら写真の中に入ってくれてポーズを取りだした。
 いやに陽気なオヤジだなと思いながら出てきた仔牛にむしゃぶりついていると、今度はオヤジ何を思ったか、店の中で小銭を投げてばらまき始めた。それがけっこうな勢いで、「ぢゃりぢゃりいん」という豪快な音とともに店中に小銭が散乱した。その時俺は外の席で食っていて、一方中には近所の知り合いらしいじいさんがおり、そのじいさんが散乱した小銭を拾い始める。
 俺はこの二人がけんかを始めて、怒ったオヤジがかんしゃくを起こして小銭を投げつけたのかと思ったんだが、その前に口論していたわけでもないし、その後もオヤジはにこにこしている。なんだかよくわからないオヤジの行動のわけを知りたくなって直接訊ねてみたが、オヤジはタバコがどうのこうのとか言って要領を得ない。 ギリシャ式客寄せのまじないなのかな?

 その後オヤジは食ってる最中の俺の席に座り、ワインを飲み始め、そして俺にも注いでくれた。片言の英語で結構陽気におしゃべりしてたのだが、俺が食い終わった後、また変な事をやりはじめた。
 俺が食い終わった後の仔牛の骨をおもむろに手に取り、「これがベストだぜ」と言って口に入れはじめたのだ。確かに肉は骨とくっついてる部分が美味いのは間違いないが、俺は空腹だったのでそこも抜かりなくほとんど食ってしまっている。いやいやそんなことより、客の食い残しをあさるレストランの主人が他にいるだろうか?
 オヤジは仔牛の骨を3片ほどトライした後、満足したように再び俺にワインを注ぎ、「ヤマス(乾杯)!」と叫んでさらに陽気になる。寄ってきた犬をひっくり返して全身くすぐりはじめるわ、道行く知り合いに大声でなにか話しかけるわ一人絶好調だ。ただ単に酔っ払っているだけなのか、そういう性格なのか、オヤジのおかげでともかく楽しい食事になったな。

金を払って出発しようとすると、オヤジは「明日も来い。娘も待ってるぞ」といって店で働いている娘を指差した。オヤジと違って普通のかわいらしい娘で、それが本当なら来てやらないこともないが、多分オヤジが調子に乗ってリップサービスしてるだけだろうから、適当に挨拶してスパルタへ向かったよ。




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