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10月16日 ハンガリー Letenye / モーテル何とか (2300フォリント)

ブダペスト市内を走る細面のトラム
「民宿テレザ」は思いのほか居心地が良く、収穫も多かったが、冬が迫り来るヨーロッパでそんなにゆっくりもしてられないので、今日はチェックアウトしてクロアチアへ向かう。
しかし出発が午後一時頃になったので、クロアチア入国前に日没となり、安全のため国境より2キロほど手前のモーテルに投宿。
2300フォリントと、シャワー付きの個室にしては意外に安かったし、一階のレストランで食った豚のステーキも、ニンニクがきいていてかなりいけたね。
 国境のすぐそばに泊まるというのも、旅情をそそられてちょっといい気分だな。


国境では、出来るだけ持ち金をゼロにしときたいので、このホテル代と食事の支払い分だけを町のATM(こちらではBANKOMATという)で引き出す。
もう慣れてしまったが、ヨーロッパでは東西問わずどこにでもATMがありとても便利。日本よりも頻繁にあるような気がする。というのは、銀行がなくとも、大きなスーパーやガソリンスタンドに設置されていたりするからだ。そして日本のATMともっとも異なる点は、それのほとんどが屋外にあり、24時間いつでも引き出せる事。たまに屋内にあっても、入り口の読取り機に自分の銀行カードを通せば自動的にドアが開くようになってたりする。これは旅行者にとってはすこぶる便利。ていうか、なんで日本のATMに使用時間制限があるのか、俺は理解できない。またなんか不必要な規制でもあるのだろうか?




10月17日 クロアチア Zagreb / Youth Hostel (72クーナ)

 出発後さっそく国境越え。出国側のハンガリーではパスポート一瞥だけだったが、クロアチアの入国審査官はわりと真面目にパスポートを見ている。そして一度はスタンプを押して行っていいと言ったくせに、再度呼び止めて今度は「グリーンカードを見せろ」と言ってきた。お安い御用とこの前苦労して入手したグリーンカードをケースから出して見せた。すると係官は「これじゃない、日本で買ったグリーンカードがないとダメだ」と意表をつく攻撃を仕掛けてきた。
そんなもんあるかい! 日本で買えるならとっくに買ってるわい、と思いながらも「これでクロアチアは通用すると思うんだけど・・・」とできるだけ穏やかに答える。すると係官は俺のパスポートとグリーンカードをもって隣の建物へ入っていき、10分ほどして戻ってきた。「OK。行っていい。」
当たり前だ。丸二日かけて1100キロ走って取りに行ったグリーンカードが無効と言われたら、まったくやりきれんで。

ちょっとビビらされた国境を後にして、ハイウェイを南へ、そしてのどかな田園地帯を130キロほど走ると、首都ザグレブに到着した。
市内に乗り入れた後ほどなくして、何の前触れもなくGPSの電源が落ちた。直接バッテリーから電源を取ってるので、普通落ちることは考えられない。なんとなくイヤな予感がしながらも、恐る恐る際再度電源を入れる。すると電源こそ入ったがインストールされているはずの地図が白紙に、そして衛星からの電波を受信できなくなっている。ついに故障なのか?
考えれば、この精密機械が強烈な振動を毎日受けて半年も使っているのだから、壊れてもおかしくはないな。問題はこれからどうするかだな?日本へ修理に送り返すか、新しいのを買うか、それともGPSなしで走るか・・・

 今日泊まっている宿はザグレブ市内に唯一のユースホステル。
夜は同室のベトナム系アメリカ人、フランス人のバックパッカ-と飯を食いに行く。共和国広場の近くのイタリア料理屋に入った。料理は別にたいしたことなかったが、ここまで南下してくると、いろんな場面でイタリアの文化圏に近づいていることが感じられる。たとえば、人に物を尋ねる時、俺は最初に「英語で話していいですか?」と断っているのだが、東欧各国では「ノー、でもドイツ語ならしゃべれるよ」という答えが圧倒的に多かった。しかし、今日ははじめて「イタリア語ならしゃべれるよ」という人に出会った。人の顔にしても、イタリア系の濃ゆい顔が多くなってきた気がするよ。




10月18日 スロベニア Ljubljana / Hotel Park (5955トラール)

 ザグレブのユースは9時チェックアウト。早すぎるっちゅうに!特に飲んで夜更かしの翌朝にはこたえるわい。
ただ、一度起きてしまえば一日がたくさん使えるので結構よかったと思うんだけどね。日没時間が早くなっている今は特にね(この辺はだいたい夕方6時ちょい過ぎに日没)。
てな訳でばたばたと、かつ部屋で寝ている旅人を起こさないように気を使いながらパッキングし、無事時間内にチェックアウト、そして出発。
 昨日までは、ザグレブから直接アドリア海まで南下しようと思ってたんだが、昨日一緒に飲んだ仏旅人の(ホトケではないよ)ローレンが、「スロベニアはトレビアンだ。街も女も美しい。」とべた褒めしてたので、ふと寄ってみようと思い立ったのだ。スロベニアの首都リュブリャーナまではほぼ真西に約140キロ。先日600キロ走った俺にはちょろいもんだ。こういう機動力を発揮できるのがバイク旅行のいいところだな。

数十キロ走ったところで国境越え。今日は何のひっかかりもなくスムーズに通過した。出国のクロアチア、入国のスロベニアどちらの係も笑顔で送り出してくれたな。気持ちがいいね、仕事にかかわらず、笑顔は重要だよね、やっぱり。
 スロベニアに入ってしばらくすると、道は山道になってきた。標高的には600mそこそこなんだが、山肌は白い岩が剥き出しななっている所が多い。スロベニアは秋吉台などと同じく、石灰岩からなるカルスト地形となっているとガイドブックに書いてあったのを思い出した。平地が続くヨーロッパでふと山道に出会うと、新鮮な気持ちになるな。

リュブリャーナ市街中心部
そして首都リュブリャーナへ到着。仏人ローレンに教えてもらっていたホテル・パークを目指し、バイクを押して市街地を歩く(というのは目的地へ至る道が歩行者専用だったり一方通行だったりしたから)。
このリュブリャーナにはユースや安宿といったものはなく、あるのはホテルと観光案内所で紹介してくれる民宿ぐらい。ホテル・パークはその中でも結構安いという事なので泊まってみることにしたのだ。
 1時過ぎにホテルに着き、空き部屋はあるか訊ねたところ、2時まで待ってくれという返事。ちょうど腹も減ってたので、ホテルのレストランで飯を食って待つ事にした。そしてこの時に悪い事が・・・

スパゲティとビールを注文して機嫌よく飯をくっていた。とちゅう暑くなってきたのでバイクのジャケットを脱いで椅子に掛けておいた。その後、2時になったので勘定をして再度ホテルのレセプションに行き、めでたくチェックイン。荷物を6階の部屋に上げて、バイクもしっかりロック、カバーも掛け、ホッと一息。服を着替えて脱いだバイクウェアをハンガーに掛けようとしてはじめて気が付いた。そうそうジャケットをレストランに忘れたままにしてた、取りに戻らなければ。
 しかし行った時にはそこには違う人が座っており、椅子にはジャケットはない。レストランのボーイに聞いても知らないという。念のためホテルのレセプションに聞いてもノー。うーんやられた、というよりやってしまった。
 モノを盗られるのはこの旅行で初めてのことだが、これは置き忘れ+置き引きの複合事件。もとはと言えば俺が悪いに違いない。このジャケットは上下ペアになったゴアテックスの上等なやつで(ラフ&ロード製、5万円もしたんだぞ)、それに俺はかなり気に入っていたから、大ショックだよ。
 それにしてもこれまでいったい何アイテム、いや何十アイテムをどこかへ置き去りにした事だろう・・・
 
そうそう、いい事もあったよ、午前中に。
出発のとき、昨日機能不全に陥ったGPSをもう一度試してみたら、無事復活したんだ。
昨夜地図をインストールしなおして、現在地をもう一度読み込み直させたら、簡単に元に戻った。そのあとも、電源は落ちることなく、今までどおり使えるようになった。昨日の突然の障害の原因は不明だが、とにかく元に戻ってよかった。
この嬉しさと、バイクジャケットがなくなった悲しさはちょうど同じぐらいかな、値段も同じぐらいだし。プラマイゼロの一日だったのだろうか?


10月19日 クロアチア Crikvenaca / Hotel Crikvenica (175クーナ)

奥まった入り江に街が
昨日はなんやかんやでバタバタしてあんまりゆっくり街を歩けなかった。
数時間歩いただけでいい町も何もわかる訳がない。清潔で落ち着いたなかなかいい街なんじゃないのというぐらいだ。ただけっこう物価は高い。ホットドッグ一個300トラール、コーラ200トラール、そして泊まったホテルにしても、レストランで食ったスパゲティにしても、けっこういい値段だ。
そして市内を歩く限り、それほど観光には気が入っていないという印象だ。観光案内所には何にも売ってないし、土産物屋も俺が確認した限り中心部に二件しかなかった。インターネットカフェもちゃんとしたのはただ一軒。その一軒もパソコンが壊れて使えない。あとは普通のカフェとかにおまけに一台置いてあるぐらいだから、ここで新たにインターネットカフェをしたら儲かるかもしれないな。土産物屋もね。

今日からバイクジャケットなしのツーリングになるが、幸い暖かい。フリースの上にカッパを着ただけで十分走れるので一安心だ。これが北欧とかだったらえらくつらい走行になってたに違いない。ちなみに夜、町の電光温度計をみたら22度だったよ。日本より暖かいんじゃないか?
 昨夜はパソコンでの作業が遅くまでかかり、というより朝方まで終わらず、出発は午後になってしまったので、あんまり走れなかった。それでも、南へ走って再びクロアチアへ入国したあと、夕方頃にはついにアドリア海が視界に入ってきた。
 Crikvenicaという、海沿いの小さなリゾートの町で宿をさがす事に。といっても夜暗くなり雨も降ってきたので、捜すのが邪魔臭くなり町と同じ名前の一番目立っているホテルに飛び込みそのまま荷物を運びこんだ。

夕食は近くのレストランで久しぶりに魚料理を食った。俺は魚は日本料理よりうまいものはないと思ってるので、外国ではほとんど魚料理は食わないが、そのレストランのメニューの写真にサンマの塩焼きみたいなのが写ってたので思わず「サカナ!」と注文してしまった。
出てきたのはアジのから揚げ5尾とイワシのから揚げ5尾。アジは一匹15cm以上もあり、そんなのを一つ皿の上に載せて出してくる店の気もしれないが、付け合せがフライドポテトなのはもっとつらかった。しかしここで残したら魚大国日本の名が廃ると思い、気持ち悪くなりながらも最後まで食った。小骨が喉の奥に詰まって次の日まで取れなかったおまけもついていた。


10月20日 クロアチア Split / 名前は忘れたが3つ星のホテル(100)

白い岩山と青い海のコントラストがすばらしいクロアチア南岸
アドリア海沿いの国道を南下する。左には荒々しいディラナ山脈が、右手は紺碧のアドリア海が広がる。岩山は海岸付近で海に沈んでいて、アドリア海でいくつもの島や半島として再び顔をのぞかせているのがわかる。
 走っていると、十から数十キロおきに、海岸沿いに町が形成されている。クロアチア内では、このアドリア海沿岸がいちばん気候がいいのだろう。山の中に入ると、冬がかなり厳しいと想像できる(しかも土地は痩せまくってるし)。
 このアドリア海沿岸の町というのは、90年代初頭のクロアチア独立の際、独立を阻止しようとした旧ユーゴ軍によって爆撃を受けたというが、ホテルのおばさんによると、爆弾を落とされたのは主にスプリットやドゥブロウニクなどの南部の都市で、北の方は無傷だったようだ。

今日走った地域は、海岸沿いにしてはそれほどくねくねしておらず、順調に350キロすすんだ。風は幾分強かったが、天気もよく、バイクを停めて休憩してたらかえって暑いぐらい。ホテルの朝飯で作った昼飯のサンドイッチを食いながら眼下のアドリア海を眺める。なかなか気分いいぞ。
 今日はスプリットという、ザグレブについで二番目に大きい町の郊外の、こぎれいな三ツ星ホテルへ泊まった。値段を聞いたら「朝食つきで100よ」と言ったので、さっそく荷物を運び込んだ。100クーナというと1200円ぐらい。ホテル代は高いといわれているクロアチアだが、それほどでもないじゃないか、むしろかなり安いぞ。中に入れば、大きなダブルベッドにもちろんシャワー・トイレ、そしてテレビ、プラグイン可能な電話、石鹸・タオル、ドライヤーまでついている。バルコニーからはアドリア海、そして対岸の町灯りが美しい。昨日泊まったホテルが177クーナだったことを考えても、これはかなりの掘り出しもんだ、と思ったが実はこれにはオチがあった。




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