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10月6日 オーストリア Vienna/ カートの第二アパート (寄食生活)

カートの友達のライダーからバイク屋を教えてもらい、バイクを点検を頼んだ。
出発後、約半分の行程を終え、これから東へと向かうことになるので、ここらで総合的なチェックが必要だと思っていたからだ。本当なら自分でやるのが金もかからないしバイクの状態をよく把握できてベストなんだけど、どうも自信がない。それに時間もかかるし、変なとこをいじってかえって調子悪くしてしまいかねないので、ここは専門家にお任せするほうがいいだろう。
同時に交換してもらうのは、チェーン、後スプロケット、クラッチワイヤー、テールランプ(知らぬ間に切れていた。いつからだ?オソロシヤ)。

このバイク屋に到達するまでが結構時間がかかった。最初教えて貰った時、家から歩いて5分ぐらいだと地図で場所を示してくれたので、乗っていくまでもなかろうと、ヘルメットを置いてバイクを押していったんだけど、実はバイク屋は教えてもらった場所よりさらに30分以上先にあったから、押していくのが大変だったわ。そして汗だくになってやっと着いたと思ったら、そこは実はショップだけで、サービス工場は全然違う場所にあるということが判明。
 さすがに地下鉄の駅7個分ほどもある距離を押していく気にはならず、一旦家に戻ってヘルメットを取りに帰ることにした。そしてそれすらつらくなってきたので、こそっとノーヘルで走ってやった。

国連本部発見! 世界平和だ〜 OPEC本部発見! 減産だ〜





10月7日 オーストリア Vienna/ カートの第二アパート (寄食生活)

中央市場にて。各国から物売りがやってくる。
カートの観察によれば、この女性はルーマニアからの行商
6月のレポートにも書いたけど、カートはSASというソフトウエア会社に勤めるマーケティングマネージャ。歳は30。担当はバルト、旧東欧各国で、週60時間という日本のサラリーマンも顔負けの忙しい生活を送っている。仕事は忙しいけど面白いようだ。担当エリアが伸び盛りの旧ソ連や東欧、そして扱うモノがソフトウエア、仕事の中身が戦略策定だから面白くない訳がない。彼の上はヨーロッパ地域の社長だけうで、組織的にもかなりフラットになっていて働きやすそう。もちろんそうやって意思決定をスピーディにしないと変化の著しいソフトウエアビジネスでは生き残れないんだろうけどね。俺がこの旅行前まで働いていた、日本の某民族系石油元売とは対極にあるような会社だと想像できる。
 それでも彼は飲みながら「部下がもうちょっと自分の意志で動いてくれないかなあ」などと、日本の中間管理職が吐くようなおっさんくさい愚痴をこぼしていたのが面白かったね。
 ちなみに彼の分野・エリアで現在一番輝いている国がポーランド、ハンガリーやクロアチア、バルト諸国などもなかなか良く、チェコはまあまあ、スロバキアがまだ旧体制から脱皮できずブーだって。


そのカートに案内してもらって市場を歩き、いくつかの買い物をしたあと、家にもどってサッカー観戦。
ヨーロッパではすでに2002年日本・韓国共同開催のサッカーワールドカップ予選が始まっていて、今日はイングランド対ドイツの好カード、そして地元オーストリア対リヒテンシュタインの試合がテレビ放映されるのだ。
サッカー小僧でもあるカートにとってはこれは見逃せず、おれもスポーツ観戦は好きだから、カートの彼女も交えてビールを飲みながら部屋で一緒に観戦。
英独対決は、6月の欧州選手権の借りを返す形でドイツが勝つ。そして次のオーストリア対リヒテンシュタイン(会場リヒテンシュタイン)は、オーストリアの大勝、と思いきや結局1-0のヒヤヒヤもん。試合前、カートは「リヒテンシュタインのほとんどの人間が見にきてるんじゃないか?」と馬鹿にしていた。それくらいリヒテンシュタインは小さい(人口3万人、首都ファドゥーツは5千人)。しかしリヒテンシュタインは意外に善戦、というよりオーストリアがぼんくらな試合運びをしてるので、カートはだんだんと不機嫌に、そして最後はいびきをかいて寝てしまったよ。





10月8日 オーストリア Vienna/ カートの第二アパート (寄食生活)

左からカート、カートの彼女、彼女の息子のマリオ(17歳)、おれ
 カートが社用車のアウディで市内観光に連れて行ってくれた。社用車といってもほとんど私物化してて、さすがマーケティング・マネージャ!と言う感じかな。雨のウイーンを、メキシカン・ミュージックをギンギンにかけながら周遊、なかなか良い気分だぞ。
 カートは国立美術館、シュテファン寺院、市庁舎、国立オペラ劇場、なんか中国式庭園みたいな所、160mのウイーンタワー(という名前かどうかは知らんが)、その他の観光地に連れて行ってくれたが、人まかせで連れて行ってもらうと、どうもどこへ言ったか名前を覚えられなくてね。なんとも書きようがない。

夜はカートとカートの彼女、そして息子のマリオに日本の伝統料理、カレーライスを作ってやった。カレーはやっぱりジャワカレー辛口。バイクのパーツを実家から送ってもらう際、ついでに若干の食料も同梱してもらったのだよ。
米の炊け具合といい、なかなかうまく出来たと思ったんだが、みんなうまいうまいと言いながらもあんまり食べなかったな。あんまり口に合わなかったのか、それとも元々小食一家なのか?俺一人3杯食って、夜中気持ち悪くなったよ。





10月9日 オーストリア Vienna/ カートの第二アパート (寄食生活)

クレオパトラの最期。作者わからん。国立美術館にて
点検を依頼していたバイク屋にバイクを取りに行く。行くとちょうど俺のバイクが作業台に上がっているところだったので、俺も勉強のつもりで一緒に作業を見ていた。メカニックのおじさんは、手際よく点検や消耗部品の交換をすすめ、最後にチェーンの交換に入った。新しいチェーンをリアスプロケのの上方から前スプロケへ、そして下方からまたリアの方へ回してくる、そしてジョイントクリップでチェーンの端と端とをつなぎ合わせ作業終了!と思いきや・・・
ん?チェーンの端がもう一方に届かない。どうやら4〜5駒ほど短かいようである。俺はレイドのサービスマニュアルで確認して、428サイズ-136駒、ジョイント式のチェーンを注文しといた。そして今交換中のチェーンの箱にはちゃんと428、136駒と書いてある。うーん、何がおかしいのか?ただ実際つけてみて4駒足りないのは事実だし、ここはもう一度注文し直すしかあるまい、と言うことで、結局今日は受取れずまた明日と言う事になってしまった。

 その前には、美術館を回ったり、街を歩いたり。
夜は、カート、息子のマリオと一緒にビアレストランで食事。ここのレストランのオーナーがチェコのブドワイザービールの総輸入元だそうで、だからここのブドワイザーがオーストリアで一番新鮮でうまいらしい。
確かに、うまい!(でも、もし他のビールがでてきても、うまいと思っただろうけど・・・)。ソーセージをつまみに、大ジョッキで4杯飲んだ時にはけっこう出来上がってしまったよ。
 ここでやめときゃよかったんだが、その後調子に乗って近所のバーでウイスキーを流し込んだから、最後の方は、何をしゃべってんだか分からなくなってきた。英語でろれつが回らなくなってくると、結構愉快やよ。「あい、ろん、ひんく、しょー (I don't think so)」とか言ってね(笑)。そういう状態の時は文法も完全に破壊されてて、でも言ってる事を分かってもらおうと、声だけはでかくなっているので、多分回りの人間は「なんだこのうるさい東洋人は?」と思ってるだろうな。


10月10日 オーストリア Vienna/ カートの第二アパート (寄食生活)

ここ一ヶ月ほど、いろいろあって走る距離が大幅に落ちている。だからあんまり疲れない。疲れないから夜も熟睡にならない。熟睡じゃないから夢を見る。特に最近は毎日見るのだが、それがろくでもないものばっかりで、起きたら寝汗をびっしょりかいてたりする。
どんな夢かと言うと、ナイフを持った友達数人に追い回されて森の中を逃げ回るとか、巨大な外人男に強姦されるとか、ユング心理学に出てくる元型の「老賢者」みたいなジジイがでてきて、「おまえは今はユーラシア横断とか言って調子に乗ってるが、本来つまらない人間なのだ。おまえはにぶい。お前はダメだ」とズバッと指摘されたりとか、まったく悪夢の連打を浴びているからたまらない。自分では、今は比較的安定した精神状態だと思っているのだが、俺の中の無意識の世界ではえらい騒ぎになっているのかもしれない。
旅も半年を過ぎ、これからは帰路と言える道のりを走ることになる。自然と、帰国後の身の振り方を考えることも多くなってくるだろうから、夢はそんな俺の不安を先取りしたものとなっているのかもしれない。

午後にバイクを取りに行った。今度はチェーンもちゃんとした長さのがついていた。
値段は、全部で3800シリング。
内訳は、チェーンが1460、テールランプの電球が20、クラッチケーブルとリアスプロケは持ち込み、そして作業料が790シリングx2時間で1580、そしてこれに消費税が20%。
 消費税20%!えげつない金額ではないか。日本の5%なんて可愛いもんだな。
ちょっとつらい出費だが、これは最初から決めていた必要経費だからしゃあないな。
そういえば今日は体育の日だな。


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