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10月1日 チェコ  Praha/ Villa Assen (1850コルネ)

プラハ城の聖ヴィート教会
いや〜いい町だね、プラハ。
歩いていて楽しいよ。お隣ポーランドの首都ワルシャワとは全く違う。
13世紀、14世紀に形成された市街は戦禍を免れたため、昔のままの雰囲気がそのまま味わえる。そして擦り減った石畳がこの街の歴史を物語っているようだ。
 プラハ城から黄金小路と呼ばれる先斗町のような狭い路地を通りカレル橋へ。橋を渡ってからはヤン・フス像のある旧市街広場と少し北に広がるユダヤ人街を散歩した。
 土産物屋、レストラン、ファストフード屋台、観光案内所、一日ツアー、宿の数、どれをとっても西ヨーロッパの観光都市に引けをとらない、むしろ素晴らしい。パリのように古く、ダブリンのように活気がある。そしてコペンハーゲンのように清潔(けっしてパリみたいにうんこは落ちてない!)、首都としては今まででいちばん気に入ってしまった。ステッカーや絵葉書の種類も豊富だしね。

ロンドン、パリなどの超大都市は別にして、ヨーロッパの都市って、中心が分かりやすい。
中心には広場とかモール、聖堂なんかがあって、観光案内所とか飲食店、両替屋、土産物屋、他の観光客、ポン引きのおっさん、スリ、警官など、観光客に必要なものがそこに行けば一通り揃えられるようになっている。プラハで言えば当然旧市街広場とその周辺が中心と言えるだろう。ところで大体同じ規模の京都ではどうだろう。三条から四条にかけての鴨川両岸界隈あたりになるのだろうか?それとも京都駅?八坂神社の境内?(それはないか) どうもはっきりとしない。
 中心があるのがいいと言うわけではないが、観光客にとってはとりあえずそこに向かっていけば何とかなるので、便利な事は間違いない。

それにしてもプラハ、10年前までの一党独裁の停滞がうそのように華やいでいる。プラハだけでなく、チェコに入国してすぐに感じたのだが、あんまり旧東欧と言う感じがしないのだ。道路状況はポーランドよりもかなりいいし、バイクも結構走っている。こんなに急激に、そしてスマートに変われるものなのか?それとも、変革前もそこそこ繁栄していたのだろうか?
 チェコは戦前(チェコスロバキアだった)、民主主義国として工業もかなり発達していたようだ。だから半世紀の共産党独裁体制が終わった後、新しく民主主義を導入するというよりは、引出しの奥から出してきてちょっと埃を払う程度で良かったのかもしれない。そもそも戦後の共産党体制でさえ、東欧で唯一民主的な選挙によって選択されたというし、その後も有名な「プラハの春」や変革前夜の「市民フォーラム」の活動など、常に民主主義に向かうベクトルは働いていたのに違いないな。

夜のプラハも捨てがたい
夜は柄にもなくクラシックのコンサートに行った。サンドイッチマンのおねえちゃん(今やサンドイッチパーソンというべきか・・・)に引っかかったのだ。プラハではクラシックコンサートがあちこちで開催されていて、サンドイッチパーソンやポン引きの数も木屋町のキャバクラほどに多い。俺は「もし見に行くなら直接窓口で買うよ」と言ったが、「そんなこと言わないで私から買って!値段は同じだし、私にはコミッションが入るのよ。お願い!」とボヘミア美人に頼まれて断れるほど私はタフではなかった。
 そして一時間後、コンサートの開演。コンサートといっても、博物館の踊り場を利用した小規模のものだ。階段に座布団が敷いてあって、そこが観客席になるのだ(400コルナ)。
 モーツアルト、ヴィヴァルディ、バッハなどを1時間強。オルガン、ヴァイオリン二人、コントラバス(たぶん)、そしてソプラノ歌手の、ごくシンプルなものだったが、良かったよ。「アベ・マリア」結構感動しました。





10月2日 チェコ Cesky Krumlov / 建設中のホステル (200コルナ)

やっぱり田舎道は楽しい
昨夜から降り続いていた雨も午後にはあがり、結局3泊もしてしまった3ツ星ホテルをチェックアウト。従業員の質も良いし、インターネットも快適につながったし、部屋も広くてきれいだったし、久々に荷物やバイクの心配をせずにくつろげたのが良かった。昨日観光案内所で宿の価格を調べてみたが、このホテルの価格1850コルナは、ペンション(500〜1000コルナ)、ホステル(500以下)と比べれば高いが、同クラスの市内のホテルと比べればかなり安いし、総合的に考えればリーズナブルというものだろう(プラハのホテルは全体的に高い。ほぼ西欧諸国並である。まあこの観光客の多さを考えれば無理もない)。

 今日の目的地は南ボヘミア地方のクルムロフ。距離にして100数十キロなので、午後に出発しても余裕がある。途中まで幹線を走ったが、面白くないので半分ぐらい来たところで地図をみて地道に入った。ちょうどチェコの中央部を南に縦断するような感じで、標高は500m程度、周囲の景色はバルト3国やポーランドと違って山が多い。ただこの山もそんなに険しいものではなく、道のカーブもなだらかなもんである。
 とちゅういくつも湖を見た。北欧の湖とは違い、規模も小さくて湖というよりは池か沼と言った方がしっくりくるかもしれない。野鳥にとっては格好の住みかのようで、何羽もの水鳥が潜って魚をとっている。
 穏やかな山、小規模な農地、いくつもの池、この辺りの風景は私の故郷、京都の嵯峨に少し似ている。

などと郷愁に浸りながら走っていると、間もなくクルムロフに着いた。
当初は「スキッピー」というホステルに泊まる予定だった。ヴィリニュスのジーザスが、ここは世界一のホステルだと誉めていたから、世界一とはどんなのか体験してみたかったからだ。が、そこへ至る路地が工事中で、板張りの歩行者用路地しかなく、とてもバイクでは侵入できそうにない。
 どうしよう、と路地の入り口で思案していると、一人のおじさんが通りがかった。わけを離すと、おじさんはついてこいという。彼の家の駐車場にバイクを駐めさせてくれるようだ。じっとしててもどうしようもないし、とりあえずおじさんの後について数十メートル、おじさんの家はすぐ近くだった。おじさんはガレージを指差し、「ここにバイクを入れて、後は荷物を持ってスキッピーに行けばいい」と言ってくれた。ありがたい、しかし、この大量の荷物をスキッピーまで運ぶのはかなり骨が折れそうだ、スキッピーまでは少なくとも100m以上はありそうで、板張りの道は人一人の幅、さらに雨でスリッピー、そして上り坂。バイクのついでに必要ない荷物も置かせてもらおうかな、それはちょっと厚かましいかな、などと考えていると、おじさんの奥さん(つまりおばさん)が登場してきた。

クルムロフを城壁から覗くと・・・
おばさんは、俺を手招きして、母屋とは別棟に連れていって中を見せた。え?ここも宿だったのだ!
おばさんは、荷物が運ぶのが大変なら、ここも宿だから、ここにも泊まれるわよと言った。
うーんでも、スキッピーも見てみたいしなあ、おばさんには悪いけど、「今日はスキッピーに行くよ」と言ったら、「そう、別にそれでもいいわよ」と笑顔で言ってくれた。
 この一言が俺の気持ちを変えたね。ここも宿なのにバイクだけ置かせてくれて、気持ちよく行ってらっしゃいとはなかなか言えるもんではないだろう、実際。それに荷物を持ってスキッピーまで歩くのも面倒だし。
「やっぱりここへ泊まるよ。幾ら?」「キッチンつきの部屋が300、なしが200」
俺は200の部屋に案内してもらって荷物を置いた。このホステルは今建設中で、全部出来ればかなり大きな宿になると思うが、今泊まれそうなのは3部屋だけ。だから思い切り新しく、客も俺一人だから、部屋を一人締めできる。案外ラッキーだったんじゃないか?
(ちなみにおじさんとおばさんは英語まったくダメで、ほとんどドイツ語でしゃべりかけてくれた。俺はドイツ語はチンプンカンプンだから、上の会話は彼らの表情や声の調子、ジェスチャーから推測したものである。まあ、大体当たっているだろう)

その後、手ぶらでスキッピーの「偵察」
スキッピーは路地の入り口から200メートルほど先だった。そして簡易通路はかなりの悪路で、荷物を持って歩かなくて正解だった。
宿主のスキッピーは入り口にいた。俺と同い年ぐらいのジャマイカかキューバかハイチ出身っぽい女性だ。俺は部屋を見せてもらって明日泊まるかもしれないから、とだけ言っといた。うーん、ここもなかなかフレンドリーでよさそうだ。
 スキッピーを出て、ぶらぶらと街の中心へ向かい、スキッピーに教えてもらったレストランで晩飯。客の目の前の囲炉裏で肉や魚を焼いてくれるなかなかお洒落なレストランだ。スープは大きな丸いパンをくりぬいて作った鍋(?)に入ってでてくる。ごっつぁんです!


10月3日 チェコ Cesky Krumlov / 建設中のホステル (200コルナ)

クルムロフ
クルムロフ、ごおかーく!素晴らしいの一言!プラハに続いて大ヒットですわ。
市街は、ヴルタヴァ川流域にある。しかしただの流域という訳ではなく、川が彎曲して蛸の頭のような線を描いていて、その蛸の頭の部分に市街中心部がすっぽりと収まっているのだ。ちょっと見には、堀に囲まれた城下町のようだが、蛸の頭は西を向いていて、東の方向が開いている。
 市内は石畳の入りくんだ細い路地が縦横に、くねくねと走っている。坂が多く、建物の下を路地がくぐっている所もたくさんある。街は13世紀から16世紀の間に形成されたというが、その当時からの建物もけっこう残っているんじゃないか。とにかく街並みが美しく、まるで童話の世界から飛び出してきた街のようだ。めぼしい建物はプラハ城ぐらいなもんだが、街全体がユネスコの世界文化遺産に登録されているだけあって、どこを歩いていてもカメラを向けたくなるほどの魅力を備えている。
 
プラハには腐るほどあった屋台のホットドッグ屋もここにはないし、だいたいホットドッグなぞ食わなくとも、150コルナも出せばビールを飲みながらちゃんとしたメシが食える。レストランの数は多く、ホテルやペンションの一階はレストランになっている所が多い。俺はバルト、東欧に入ってからほとんど三食外食というリッチな事をしてるが、ビール付きで普通に食って500円前後、死ぬほど食っても1500円ほどだから、味わわなけりゃ損損!てなことでガンガン飲み食いしてるのだ(もちろんもっと高級なところもあるよ。俺が言ってるのは普通ぐらいのレストランの事。またプラハなど首都では1.5倍ぐらいになるよ)。特に今はなんぼ食っても太らんから好都合なのだ。

 



10月4日 チェコ Cesky Krumlov / 建設中のホステル (200コルナ)+Skippy (200コルナ)

夜のクルムロフ
スキッピーに一度泊まってみたいが荷物を運ぶのが邪魔くさい。今泊まっているホテルに頼めばいらない荷物は置かせてもらえるのだろうが、荷物を預けて他のホステルに泊まるのはどうも常識はずれのようで気が進まない。
そして出した結論・・・一日で両方泊まる!そしてスキッピーにチェックイン。
 といっても体は一つなので、荷物は今の所においといて体だけスキッピーに行くと言う事。ちなみに今は最初から泊まっているホステルで書いている。これを書いたらまたスキッピーに行く。200mほどしか離れてないから、手ぶらなら簡単に移動できるのだ。
金がもったいない気もするが、どうも「世界一のホステル」スキッピーが気になるし、泊まらないでクルムロフを後にしたら後悔するような気がしたから。この余分の200コルナは3日間のバイクの駐車代と思うことにした。

そのスキッピーだが、広くはないし、きれいとはお世辞にも言えないが、まずロケーションが最高。ヴルタヴァ川に面しているので、裏のバルコニーに出れば、川が真ん前に。まるで鴨川の川床状態。
建物は木造で全てがこじんまりしていて、クルムロフの街自体とよく似た雰囲気をもったホステルだ。
ヴィリニュスのOld Town Hostelや、さらに言えば京都駅近くの東寺庵というゲストハウスも共通した空気を持っている。
なんだろう?簡単に言ってしまえばフレンドリーな雰囲気と言う事だが、何が我々にフレンドリーと感じさせるのか?
 これらのホステルに共通してるものを思いつくままに挙げてみると

・こじんまりしている
・土禁
・旧市街にある(東寺周辺を旧市街というのかどうかわからないが)
・受付がカウンター越しになってない 
・後払い可
・オーナーが地元民ではない
・コーヒー、紅茶サービスがサーバーじゃなくて、ポットとネスカフェのビンとかが置いてあって自分でつくらないといけない。
・門限なし
・宿泊客がヘルパーになったりする
・顧客管理は手書き

うーん・・・


10月5日 オーストリア Vienna / カートの第二アパート (寄食生活)

クルムロフで映画祭!
「エコフィルム2000」という名前の映画祭が、5日〜8日までクルムロフ城第二中庭の建物で行われている。パンフレットを見ると日本からも出品している。ちょっと見てみようと思い案内の矢印にしたがって会場に入ったが、何を間違ったのか映画ではなくて何かのセミナー会場に入ってしまった。プロジェクターに「チェコにおける最近10年のトウモロコシ収穫高の推移」てな感じのグラフが映され、質疑応答の時間のよう。当然全部チェコ語でなんのことかはさっぱり。しかし雰囲気的に出るタイミングがなかなか見つからない。20分ほどして、質問と質問のわずかな隙間をついてやっと退出した。出る時に机に思いっきりぶつかって、入るとき同様、また注目を浴びてしまったが・・・
 肝心の映画の方は、庭を隔てた対面の建物にあった。しばらく見たが、これもチェコ語でそれもドキュメンタリー風の映画だったので、すぐに飽きてこれも20分程で出てきた。客も俺を含めて5人で、なんかイメージしてた外国の映画祭よりはかなり地味だったね。

その後、中心部のペンションのレストランで腹ごしらえをして(これがまたとろけるようなローストダックで最高!単品で400円ほど)、いざ出発。今日の目的地はウイーン。この6月にアイルランドのアラン島で知り合ったビジネスマン、カート=ミッテラーの家を訪ねるのだ。
 まずクルムロフから県道レベルの道を南にとり国境へ。簡単なパスポートチェックの後、オーストリア入国。
オーストリアに入ったら、今度は高速道路を一路東へとり約200キロ走る。
一ヶ月ぶりに「西側」に戻ってきた。そういう言い方ももう消え行きつつあるのだが、それでも道路や農地、建物の手入れのされ方が、チェコはだいぶ違うと一目見てわかる。
美しく整えられた中部オーストリアの農地を突っ切り、ウイーンまで一直線。太陽が雲に隠れ寒い!

ウイーンに着いたのは午後6時半頃。ただ市内道路が一方通行の連打で道に迷ってしまった。市内では高い建物が多く、GPSも利かなくなってしまうことが多いので、ここは地図を見ながら人に聞きながら、1時間以上かけて8時にカートをアパートを発見、無事再会した。
 彼のアパートは、ドナウ川と平行して掘られているドナウ運河沿いにある。運河を渡れば市内中心部、なかなかすばらしいロケーションだ。部屋は二つの寝室、20畳ほどもあろうかというリビング、食堂、バスルーム、なんともうらやましいでかさだ。
 彼は別の場所にもう一つアパートを持っていて、そっちには主に彼女と子供が住んでいるのだが、お互いに行ったり来たりしてTPOに合わせて住み分けているという。
 ウエルカムドリンクと言う事で、近くのバーでビールを一杯。今はウイークデーで、彼は明日も仕事があるので、今日は軽くだけどね。


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