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9月1日 フィンランド  Kruunupyy / Huuhka家別荘 (およばれ)

 390マルッカの高級(でもないが)ホテルをチェックアウト。昨晩は走りすぎて疲れすぎてたので、せっかく部屋についてたサウナに入れなかったのが心残りだが、かわりに思いっきり洗濯してやった。サウナに洗濯物を干しといたら、当たり前だがすぐに乾く。雨で濡れた靴も入れといたら乾きすぎてパサパサになったぞ。
 ガレージで荷物を積んでると、40代ぐらいのなかなかいい男が寄ってきて、いろいろ話し掛けてきた。
俺はいつものように、今まで走った国や面白かった事や苦労話などをしたが、彼はやたら熱心に話を聞いてくる。そして「君はいつもこういうホテルに泊まってるのかい?」と聞いてきたから、「いや、いつもはユースとかキャンプとか、もっと安いとこですよ。昨日はたまたま安宿を見つけられなかったから、仕方なくここに泊まったんですわ。まあサウナもあったし、こういうとこもたまには良いんですけどね。」と答えた。

一番右が実業家ラウタマキ氏
 すると彼は言った「高くついて申し訳ない。これは私のホテルなんだ」
げっ、そうやったんか・・・それにしても悪口を言わなくて良かったとホッとしてたら、彼は続けて、「私はヘルシンキにもレストランとかカラオケバーを持ってるんだ。ここでお金を使わせたお詫びに、これをあげるよ」と言って、そのレストランのパンフレットに「ただ飯1回」と書き、彼のサインを添えて俺にくれた。
 そして彼の親切はそれだけにとどまらなかった。俺がこのWEBページの話と、昨日ホテルでうまく接続できなかった話をしたら、「私はこのすぐ近くにカフェを持ってて、そこでインターネットもできるからこれから連れていってあげるよ」といって本当に連れていってくれた。
 そこでパソコンは使い放題、飲み物やケーキもいろいろ出してくれ、最後には友達とかも呼んできて一緒に写真を撮ったり、えらく賑やかなことになってしまった。たまにはラッキーなこともあるもんだな。

そんなこんなでOuluを発ったのは結局3時前になってしまった。今日の目的地はコッコラという、200キロほどボスニア湾沿いに走った町。ここで7時に人と待ち合わせてるのであった。俺はその人とは面識はなかったんだが、ビジネススクール時代の先輩が、フィンランドに行くならと連絡を取ってくれたのだ。
 時間的には余裕で、6時15分ぐらいに待ち合わせのコッコラ駅に着いたら、その人も10分後に来た。
俺のバイクの隣に一台のボルボが停まったと思ったら、中から出てきた長身の青年がおもむろに寄ってきて自己紹介する。
「はじめまして、アリ・フウッカです。ようこそフィンランドへ!」

五匹のリス君もお出迎えしてくれた
彼はコッコラから150キロほど南にあるヴァーサ大学の研究員。平日はヴァーサのアパートで暮らしてるんだが、週末はコッコラ郊外の別荘で過ごしていて、俺はその別荘に招かれたのであった。
 彼のボルボの後について約25キロほど走る。途中からダートになり、そしてシラカバと針葉樹の森の中へ。さらに何回か細道をくねくねと曲がると、突如大きな湖が現れ、彼の別荘はその岸辺にあった。
 うーん、先日のアンナカレンの親の家といい、北欧人はなんとうらやましい環境に住んでるのか・・・と感心する間もなく、アリ氏のご両親が出迎えてくれた。彼らも同じく週末はこの湖畔のコテージで過ごしているのだ。





9月2日 フィンランド  Kruunupyy / Huuhka家別荘 (およばれ)

いやいや最高ですなあ
昨日今日と、俺はフウッカ一家のすごいオモテナシを受けている。
彼らの別荘に半軟禁状態となり、朝昼夜3食+おやつ、湖のボートトリップ、釣り、そして極めつけは離れにある自家製サウナだ。
 薪をバンバンくべてヒートアップすること約1時間半、温度が80度を超えたら入り時だ。基本的には日本のサウナと同じだが、こっちのサウナは風呂場も兼ねていて、サウナの中で体や髪をを洗ったりする。
そしてもう一つは、葉がついた白樺の小枝の束。この束で、体中をぺんぺんとたたく。それが血行を良くしたり、皮膚の老廃物を取り去ったりする効果があるらしい。この白樺束は、今では当のフィンランド人でもあんまりやらないそうだが、今日はわざわざ俺のために作ってくれたのだ。体をぺんぺんする度に、ハッパの青臭いにおいがサウナ室に満ち満ちる。アリ氏は「これがフィンランド人の郷愁をそそるんだよ。だから今では本当の白樺の代わりに、香りのモト(シャルダンみたいなものか?)を買ってサウナに置いたりするんだよ」
 なぜ本物の白樺束を使わなくなったかといえば、これを1回やる度に葉っぱが散乱して、掃除が大変になるかららしい。今日は俺が散乱させてしまってちょっと申し訳ないが・・・

サウナは湖と隣接しており、十分汗をかいて我慢できなくなったら、サウナ室を飛び出して湖に飛び込み、またサウナで汗をかき、そしてまた湖・・・というすこぶる自然と密着した入浴方法なのだ。湖の温度は17度。入ってしまえばそれほど冷たくはない。これが冬だと、湖は凍って入れないので、代わりに雪の中を転げまわるという。フィンランド人、恐るべし。
 サウナはフィンランド人にとって一種神聖な場所らしく、原則としては土曜日が「正式な」入浴日である、とアリ氏は教えてくれた。

食事もなかなか豪勢だ、アリ氏のパパが料理してくれた大きな生鮭の姿蒸し(これを俺達はパパスペシャルと呼んでいた)は強烈に旨かった。そしてママは手作りパイ(ママスペシャル)。それにこれまた手作りの生クリームをたっぷり乗せてほおばる。甘いものはそれほど好まない俺も、これには脱帽だ。
 他にも薄く焼いたパイの中に蒸したコメが入ってるのや、その辺で採れたキノコ数種の和え物(ほんまにその辺に生えまくってる)、フィンランド風キャベツの漬物、(たぶん)サンマの甘酢漬け、各種バーベキュー、そして主食の蒸しポテトやサラダには手作りフィッシュソースをたっぷりかけて食べる。
 こういうのを昼とはなし夜とはなしに食いつづけている。おやつの時間もすごくヘビーなパイとかケーキが出てきたりするので、実際は一日4食くっているのと同じ事だ。調子に乗って勧められるままに食いまくってたら、食いすぎで胃の調子がおかしくなってきたあ。





9月3日 フィンランド  Kruunupyy / Huuhka家別荘 (およばれ)

フィンランド人はEU諸国の中でも「無口な人々」という評価が定着しているようだ。その事をサウナに入っている時にアリ氏に言うと、アリ氏はこんな小噺を披露してくれた。
ある天気のいい日、二人のフィンランド人が連れ立って湖にやってきた。
二人は湖のほとりに並んで腰かけ、釣りを楽しんだ。
しかし湖にいる間、二人が話したのは一度きり。その会話とは・・・・

A:「今日はいい天気だな」
B:「そうだな。わざわざ湖まで話をしに来た甲斐があったな」
フウッカ家の別荘にて
これを聞いて笑い転げ、体温が3度上がって湖に飛び込んだ。なかなか切れのいい話だと思いませんか?
俺はフィンランド人が無口かどうかはわからないが、彼らと3日間一緒に暮らして、何か日本人と共通するメンタリティを感じたよ。それは何かと言うと、「察する」という心だ。
細かい事だが、メシの時コップの水が減ると、それとなく注いでくれたり、メシの時間なんかも「おーい、メシだぞ」とは言わず、俺が庭でリスと遊び飽きて家の中に戻ってきたら自然にメシが始まるという具合である。
 また昨夜、俺が翌日もう一泊するかどうかで彼らと話し合った時、俺は「寝ながら考えるよ」と言って結論を先送りにした(もちろん彼らはもう一泊していけと言ってくれた)。
 結局お言葉に甘えて、今日もう一泊させてもらってるのだが、実は俺は今日、もう一泊させてもらいますとは一言もいってない(半ばわざとそうしてみた)。それでも彼らは俺の態度や言葉の端々からもう一泊するんだなと察し、その線でいろいろメシの準備やらなんやらをしてくれた。
 これがもしイギリスやフランスなら、まず朝イチに、「ところで今日はどうすることに決めた?」と聞かれただろうし、俺も自分の出した結論をはっきりと伝えようとしただろう。


フィンランド人は、大むかし東方からやってきたと言う説があるが、ひょっとしたら実は先祖は共通のアジア人だったりするかも・・・。言葉も他のゲルマン系やラテン系とは根本的に違う、ウラル系の言語だから、お隣さんのスウエーデンやノルウエーなど、バシバシのゲルマンとは性格も違って当たり前とも言えるな。
 それにしても欧州一無口だと言われるフィンランド人と、何を考えているかわからんといつも批判される日本人が、二人してサウナでだべってるのもそれだけでジョークの種になりそうだな。




9月4日 フィンランド  Helsinki / Hotel Arther(380FIM)

フウッカ家の別荘から湖を望む
そういえばもう一点、フィンランド人が日本人と似ていると思った事。
アリ氏のパパが彼の奥さんの事を俺に話す時、たとえば、「うちのお母さん(My mother....)は、人の世話を焼くのがとてもすきなんだ」というような言い方をする。この「お母さん」という言葉は、もちろん子供を起点にした表現である。こういう言い回しを子供以外の家族のメンバーが使うのは、日本では別に珍しい事ではないが、ヨーロッパでは初めて耳にした。
もしこれがイギリスなら、「妻は・・・」とか「オイリ(お母さんの名前)は・・・」という言い方をして、決して「うちの母さんは」とは言わないだろうと思う。
 こんな空気の中で居候していると、本当にここは外国かなどとつい錯覚してしまったりね。


その「うちの母さん」が、今日俺が出発する時、涙を流して抱きしめてくれたから、俺もついつい貰い泣きしてしまったよ。
昼と夜の分までサンドイッチをこしらえてくれ、他にもフルーツとか、ヨーグルトとか、即席スープとか、いっぱい持たせてくれた。おまけにウェットティッシュまでくれて、「食べる前にはこれで手を拭くんだよ」だって。まるでホントの子供扱いだ(笑)
 それにしてもこの4日間、本当に世話になった。なにか食い尽くしの4日間だったような気もするが、いろんな意味でとても興味深い滞在になったし、良い休養にもなった。またいつか訪れたい、何年先になるかわからないが、その時までパパとママには達者でいてほしいね。

昼過ぎに出発して、とにかく走り倒し、ヘルシンキまで来た。距離にして約540キロ。
またまた一日の最長走行記録を更新してしまった。途中から太陽が隠れ、えらく寒くなってきたが我慢して走る。
 ヘルシンキについた頃にはもう暗くなっていたし、手軽にホテルを捜そうと思っていくつか当たるがやたら高い。それにホテルがあんまりたくさん見当たらない。さんざん捜して380マルッカの部屋に落ち着いた(ほんとは440マルッカだったんだけど、受付が値段を間違えて、俺はちょっと得してるらしい)が、とりたてて何と言うこともない部屋で、ちょっともったいないような気もするよ。
 ビールを飲んで、ひさしぶりに部屋の電話線からインターネットにアクセスしようとしたんだが・・・ンっ??




9月5日 フィンランド  Helsinki / Stadio YHA(65FIM)

スタジアムユースホステルの談話スペース
なんだあ?電話のジャックにプラグを突っ込んで、モデムチェッカーで電気の流れも確かめて、電話番号もホテルに合わせてゼロ発信にして接続を試みたんだが、つながらない。トーン/パルスや、その他の各種設定事項も変えていろいろ試したんだがやっぱりダメ。ゼロをダイヤルするまえのプップップッという発信音が聞こえるだけだ。フランスやスペインでは、こういう時は大抵ホテル側が電話をオープンにするのを忘れてるんだが、ここの場合は直接電話機でかけたらつながるし、やはりなにか設定が間違ってるのか、もともとこのホテルの設定とTDKモデムが合わないのか。Ouluのホテルでも同じ現象が起こったから、ひょっとしたらフィンランド全土でこのモデムは使えないのかもしれないな。
 さらにホテルの従業員にいろいろ聞いて粘るが全くダメなので、これ以上やっても時間の無駄と結局諦めた。こういうビジネスホテルに泊まる時は、電話の接続が主たる目的なので、これが空振りに終わればなんかやたら損したような気になるなる。

だから今日は早々にホテルをチェックアウトして、ユースに引越しだ。
中心地からすこし離れてるが、オリンピックスタジアムの建物の一角を使って宿にしている面白いユースだ。廊下や部屋にも、フィンランドの名だたるアスリートの写真や切り抜きが張りまくられている。
 ここにチェックインして、同室のノルウエー人、フランス人と一緒にメシを食いに行ったり飲みに行ったりして過ごした。そういえば、今日最後に行った店のバーテンのお姉さんが死ぬほど美しくて(今旅行見た中で一番か二番だな。もう一人はマン島の古城の土産物屋の娘)、どうしても一緒に写真を撮って次の展開に持ち込みたかったんだけど、周りにはどうやら彼女目当てらしいでかい男どもがうろうろしてて、ついついひるんでしまった。いやあこんな情けないことではあかんなあ。

もう一つは、今日約一ヶ月振りに、バイクロックたちと再会した事。
スウェーデン南部のリンゴンガーデンB&Bに置き忘れて以来、ロックたちは俺とは別の旅を楽しんでたのだ。
リンゴンガーデンから、スウェーデン中部のビクソガーデンB&Bに送ってもらうよう依頼したんだが、到着が遅れ、しびれを切らして出発したその日の午後に到着した。そしてまた今度はビクソガーデンのおばさんに国際郵便でヘルシンキの日本大使館まで送ってもらったのだ。



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