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8月11日 スウェーデン  Stockholm / Backpackers inn (100SEK)

ストックホルム旧市街
 ストックホルムの一日観光。
ここでもコペンハーゲンと同じような乗り降り自由の一日有効市内周遊ツアーバス(130SEK)を利用したが、これはあんまり良くなかった。
 何が良くなかったかというと、まずバスには日本語のテープガイドがあるように見せかけておきながら実はないこと。これで何人もの日本人観光客がだまされて乗ったことだろう。仕方なく英語のテープガイドを聞いてたのだが、これがまた音声が小さく、ほとんど何を言ってるのかわからない。そして一度降りて博物館などを見学したあと、再度乗ったバスには英語のガイドテープまで壊れてて何も聞こえなかった。そして何故かは分からないが、しきりにバスを停車させてテープガイド装置をいじくっているので、進み方がやたら遅い。
こんな風だから、20分間隔で回ってくるはずのバスが、倍の40分近く待たされたりもして、観光へのやる気が失せてしまった。だから途中で降りて公園で本を読んだり、昨日入ってうまかったイタリアンレストランへ又行き、昨日と同じくスパゲティとビール二杯を飲んでそれでもまだちょっと物足りなかったからバーガーキングでワッパーセットを食って宿に帰って寝た。

ちなみに昨日探し回って見つかんなかったインターネットカフェの場所は、今朝宿のスタッフに教えてもらって簡単に見つかった。やっぱり急がば回れということか・・・・


8月12日 スウェーデン Falun / Dannel & Anna-karinの愛の巣

ミレス・ガーデンの彫刻
彼らはどこに向かっているのか
10時前かな、いつもより少し早めにチェックアウトしてリーディアン島のミレス・ゴーダンへ向かう。カール=ミレスはスウェーデンで最も偉大な彫刻家。庭園内には主として人間の(または大方人間の)躍動感溢れる、そして暗示的な彫刻の数々がそれぞれの存在をアピールするかのように立っている(または寝ている)。俺は彫刻には(というより美術全てに)弱いが、それでも彼の彫刻を見ていると、心の奥の根源的な情動を揺り動かされるようなパワーを感じる。
なんでここへ来たかというと、俺のおじさんに教えてもらったからだ。おじさんはずっと昔に単身ヨーロッパを旅行した時、ここがすごく印象に残ったらしく、e-mailで俺に勧めてくれたんだ。そして俺も今思う。ストックホルムではここは外せないと。

その後モーターウェイE-18、国道70号を北へ取り、200数十キロ走ってFalunへ到着。
あらかじめ約束しておいたDaniel&Anna-Karinのカップルに電話して迎えに来てもらう。
彼らとは去年4月ラオスのルアンプラバンのスピードボート乗り場で知り合い、フェイサイまで一緒に恐怖のボート体験をして、さらにフェイサイからタイへ越境して対岸のチェンコンという小さな町のゲストハウスに一緒に泊まったという間柄の友達だ。俺がこの旅行を始めてからもずっとHPをフォローしてくれてて、スカンジナビアの情報をいろいろ教えてくれた。その彼らのアパートに今日から数日、世話になる。

ダニエルは今失業中で、失業保険をもらいながら仕事を探している。ただそんなに深刻には見えず、もし仕事が見つからなかったら何か習いに学校へ行くとかのんきな事を言っている。こんなにのんびりしてるのは彼の性格なのか、それともこの国の充実した福祉政策のおかげなのか。
アンナカレンの方は、障害者の福祉施設で働いている。彼女はびっくりするぐらいの金髪の持ち主で、東南アジア旅行の時は地元民から思いっきり注目されて困ったと嘆いていた。それほどの金髪だ。勝気な姉さん肌で、このカップルは完全にアンナカレン主導のようだ。

最高のロケーションで夕食である
彼らのアパートに荷物を置いた後、車でアンナカレンの実家へ向かった。30分ほど走ったさらに奥地にあるEnvikenという村の、美しい湖に面した大きい家だ。面したと言うのは本当に面していて、家の庭がすなわち湖岸となっていて、そこからボートで湖に漕ぎ出せるという抜群のロケーションなのだ。
その素晴らしい庭のテラスで彼女のお父さん、お母さん、弟君、弟の彼女と一緒に晩メシに預かった。
 キャビア(日本人の想像するのとはちょっと違うようだが)、生ニシンの酢漬けやドレッシング漬け、豚の骨付きバーベキュー、そしてスウェデン独特の固いクラッカーのようなパン。
 そして酒は「スナップス」という、これもスウェーデン名物のアルコール度の強い(40数度)酒を、誰かが杯を取る度に「スコール!」と和して一気飲みする、いかにもバイキングの国らしいワイルドな飲み方だ。

スウェーデン人はほとんど英語がしゃべれると思われているが、それは若い人の事で、これも近年の学校教育の賜物なのだ。ある程度以上の年齢になるとしゃべれない人の方が圧倒的に多い(この辺はオランダと違うようだ。オランダでは本当に全年齢層の人がしゃべると思う)。
アンナカレンのパパのカールも英語は苦手のようで、会話は全てアンナカレンの通訳で進んだ。それでもパパはすごく上機嫌で、なんども「スコール」を繰り返して、ついにはウイスキーやブランデーを何種類も取り出してきて次々と飲みだした。俺も当然つきあい、最後には足元もふらつくほどに、けっこう酔っ払ってしまった。
 しこたま飲んだ後、パパは「いっしょにタバコを吸おう」と俺を外に連れ出し、キレイな星空の下で二人で一服した。その時パパは、酔っ払っらいながらも、まじめに何か俺に言おうとしてるんだが、言葉が出てこずにすごいもどかしそうだ。でもその目がすごく暖かくて、そしてシャイで、俺はこのパパが一気に好きになってしまった。




8月13日 スウェーデン Falun / Dannel & Anna-karinの愛の巣

美しすぎる湖こんなのがそこらへんにごろごろしてる
今日は二人がFalun周辺のいろんな所に連れて行ってくれた。
Rattvikの湖畔の美しい教会、格段に美しいSiljan湖、NunasのDora-Horse(馬の置物。もともとこの地方の子供のおもちゃだったものが、今ではスウェーデンのシンボルとなっている)工場とショップ、ムース(ヘラジカ)探索、超アンティークな家具がいっぱいある博物館並みのアンナカレンのおばあちゃんの家、そして帰りにまたアンナカレンの実家に寄ってご相伴に預かった。そして帰りにはスナップスのミニボトルまでお土産にもらってしまった。なんていい人たちなんだろう。

家に戻って少しくつろいでると、これまた近くに住んでるアンナカレンお姉さんとその彼氏が遊びにきた。お姉さんの彼氏は両足が自由に動かなくて歩けない。聞くと生まれつきあんまり良くはなかったんだが最低限歩けたそうだ。そして去年更に良くなるように思い切って手術を受けたらそれが失敗してむしろ悪くなった。今後良くなる見込みはないそうで、今医師を相手取って係争中らしい。
 ただ彼自身はとっても陽気な男で、気さくにいろいろ話し掛けてくれる。そして彼はスヌーズという、とんでもなく変なタバコを愛用している。これはシカのうんこを粉にしたようなのを丸めて小さい団子をつくり、それを上の歯茎と唇の内側の間に挟んでたしなむ噛みタバコの一種だ(といっても噛む訳ではないんだけど)。

スウェーデンのシンボル、Dora-Horse
おれも好奇心でちょっと試してみたけど、強烈にまずい。そしてまずいだけでなく強いので、口に入れているうちにだんだん目が回ってきて、と同時に吐き気がしてきて、ついに便所に駆け込んでゲロってしまう破目になってしまった。こりゃほとんどドラッグの部類にはいるんじゃなかろうか。
聞いてみるともちろん今はスウェーデンでは合法なんだけど、EUとしてはこの変てこな嗜好品を他の国に広めたくないらしく、規制せよとスウェーデン政府に迫っているそうだ。別に規制せんでも、スウェーデン人以外はこんなもんやらんと思うけどねえ。

お姉さんが帰る時、彼氏は一人で手だけを使って玄関まで行き、階段をおりて下の車椅子まで戻った。見てるとけっこう大変そうだが誰も助けない。俺も郷に従うべく手を出さなかった。一見冷たく見えるがこれが自律を尊重する福祉先進国のやり方なのだろう。これが日本なら全く違う対応になるのかもしれない。
 車椅子が向かう先には彼氏の車があった。運転席右側の一本のレバーだけで、アクセル、ブレーキ、ウインカー、ライト類、その他全てが操作できるスペシャルカーだ。彼はこの車をタダで国から貰ったそうだ。アンナカレンのお姉さんを隣に乗せて、さっそうと自宅へ戻っていった。



8月14日 スウェーデン Falun / Dannel & Anna-karinの愛の巣

こちらはダニエル君の家族
今日もいろいろ連れて行ってもらったぜ。
今日は月曜日でアンナカレンはご出勤。でもダニエルは失業者なので自由だから、午前中はFalun市内の銅鉱山や、日の丸飛行隊も来たというスキージャンプ台、そして旧市街などへ一緒に車で出かけた。
午後2時から仕事の終わったアンナカレンと合流し(彼女は7時半〜2時というシフトなのだ。自宅からもすぐ近くだし、仕事の後、長い日中を十分に使えるではないか!)、今日はダニエルの実家へ遊びに行った。

ダニエルの実家もけっこう近く、アパートから20分ぐらいかな。こっちのパパはツアーガイドもしてただけあって英語は達者。俺がこれから向かう予定のノルウエーやスウェーデン北部の道や見所をいろいろと教えてくれてすごく有り難かった。
 そしてこの家にはもう一人、スーパーガールがいる。ダニエルの妹、14歳のエリカは、つい一昨日、全スウェーデン乗馬選手権の14〜15歳部門で見事優勝したのだ。乗馬はスウェーデン女性のもっともポピュラーなスポーツの一つだから、当然競技人口も多いはずで、ユースと言えども国内チャンピオンになるのはすごい事に間違いない。

我々が食堂で話していると、しばらくたって国内チャンプのエリカが2階から、ちょっとはにかみながら降りてきた。まだまだあどけなさが95%ぐらいの可愛い娘だ。オヤジさんがせっかく俺が来てるからってんで、多分エリカに言ったのだろう。彼女は少し経ってから乗馬の準備をはじめ、われわれにその勇姿を見せてくれた。ブーツを履いて、帽子をかぶって、ぴんと背筋を伸ばして騎乗する姿は、食堂ではにかんでいた彼女とは別人のように変身した。ただ俺がカメラを向けると、その表情はまた一瞬あどけないはにかみ娘に戻って、なんというか、それこそ森の小さな妖精が馬を操っているような、そんな風に思えた。森の妖精は、しばらく俺達にポーズをとってくれた後、足取りも軽やかに散歩に森の中へ消えていった。

アジアの最果てから来た旅人が珍しいんだろう、家へ帰ってからも、訪問者が多い。いちいち覚えられないが、彼らの親戚が多い。子供も連れてやってくる。子供はまるで見つかったら食われるかのようにドアの陰に隠れて、それでも好奇心いっぱいの目でこっちを窺っている。
 ここが田舎だからなのかどうかはわからないが、見てる限りスウェーデンは親戚、家族との交流密度がかなり濃い。今スウェーデンでは家族関係の希薄化が問題になっているそうだが、それでも日本と比べればまだまだしっかりした状態にあると感じる。ダニエルに「日本では最近、子が親を殺したり、その反対もあるぜ」と言ったら、目を白黒させて「日本はもっと親をrespectする国だと思っていたのに・・・」といささかショックを受けたような表情を見せたのが印象的だった。


あと今日はムースの肉も食ったぜい!アンナカレンの両親が差し入れしてくれた。
ローストムースとムースミートボールだ。どっちも淡白な味でなかなかいけた。
ムースはヘラジカの別名で、巨大なワカメのような角を持っている。昨日二人と一緒に、数ヶ月前にダニエルが見たという森に探索に出かけたが見つからなかった。でもここスウェーデンにはいっぱいいるらしいから、これからの道で出会うこともあるだろう。これもスウェーデンツーリングの楽しみの一つだな。でもクマは御免こうむりたいね。

8月15日 スウェーデン Sarna / Sarna YHA (100SEK)

今日地元新聞社の取材を受けた。
昨日会ったダニエルのパパが知り合いの記者に俺のことを話したら興味を持ったようで、電話で取材を申し込んできた。北アイルランドでもジョーイダンロップのバーの前でTVのインタビューを受けたから今回で二回目だ。いやいやなかなかええ気分だねえ、マスコミに注目されるのは。そのうちBBCとかも来るかもしれないな。

最初は向こうがアパートに来るはずだったんだけど、走っている写真も撮りたいってんで、こっちから新聞社に出かけることになった。今日は出発する日でもあるので、パッキングを済ませてからダニエルの車の後ろについて新聞社に向かった。
 こじんまりした社屋の中からひょろ長い男が出てきてヨハンですと名乗った。彼がインタビュアー。そしてカメラマンも交えて4人で近くのちょっとしたダート道へ向かった。

取材後の記念撮影。
今シリーズはなぜか記念撮影が多いな・・・
そこで何枚かダートを走っている写真を取り、その後インタビュー。
北アイルランドの時はTVだったのでけっこう緊張したが、今回は問題ない。
ひょろながヨハンの質問に俺は次々と答える。おっ?なかなか快調に口が回るぞ。英語が上達したのかな?
いやいやなぜかと言えば、ひょろながヨハンの質問は、旅行の動機とか、いままででどこが印象に残ったかとか、どんなトラブルがあったとか、ユースで出会う旅人や宿のオヤジがいつもするような質問が多いので、俺は今まで何回となくしゃべらされた、そのセンテンスを繰り返せばいいのだ。北アイルランドの時は、ジョーイの死という、いわば突発的な出来事について話さなければならなかったからしどろもどろになったりしたが、今回はまあまあちゃんとしゃべれたな。インタビューは約30分ほどだったかな、ひょろながヨハンはけっこう満足して帰っていったぜ。

その後、ダニエルとしばらく話し、来年一月のタイでの再会を約束して別れた(彼らは来年一月から5ヶ月ほどかけて再び東南アジアを旅行するのだ)。
まことに充実した3日間だった。
Falunから北東に200数十キロ、ノルウエーとの国境近くまで来た。
途中、広大な針葉樹の森が強烈な西日に照らされて光り、そして同時に頭上からは粉のような雨が降ってきて、言葉で説明しがたいような幻想的な光景に出くわした。


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