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7月21日 イングランド Carbis Bay/ キャンプ場 (6£)

Land's Endでの風景
コーンウォール地方をぐるりと一周してみた。ブリテン島最西端は”Land's End”と呼ばれ、多くの最○端と同じように沢山の観光客が押し寄せていた。ほんっと、何ということもない、ただの海岸なんやけどねえ。小さな遊園地もあって、アトラクションの人形劇に子供らが歓声をあげていた。

Land's Endから数キロ東に行った牧草地の中に、小規模な環状列石遺跡がある。規模としてはソールズベリーのストーンヘンジにはるかに及ばないだろうが、訪れる観光客もあまりなく風のそよぐ音だけが聞こえる静かな場所なので、かえってリアリティがあったりする。サークルは直径20mほどで、高さ1mにも満たない縦長の石が20個ほど、規則正しく円を描いて並べられている。
たぶんここを訪れる多くの人がしているように、サークルの真ん中に立って目をつぶってみた。これを作った昔の人々も、この場所でこうしてたんだろうか?何千年も昔、たしかにここに人が集まっていて、宗教的儀式か何かを行っていた。今、彼らはこの世から姿を消したけど、彼らの作った石だけが数千年経った今でも当時のまま残っており、目的は別だけど人が集まってくる。なんか、面白いねえ。




7月22日 イングランド Doccombe / 石切り出し場で野宿 (無料)

これは昨日訪れた遺跡
イギリス・アイルランドツーリングも終わりに近づいてきた。フランスへ渡るフェリー乗り場に近づくべくブリテン島の底辺を東へ向かう。今日も風が強いものの天気はいい。コーンウォール地方からいくつかの町を通り抜けてデボン州に入った。
この辺りも環状列石の遺跡が多いと聞いていたので、道路の案内板などを注意して走っていると、Dartmoor国立公園内のB国道沿いに「なんとかStone」と書いてある遺跡の標示を見つけた。標示に従って狭い脇道に入っていくと、2キロほど入ったところに看板があり、そこが入り口らしい。入り口からのダートをさらに数百メートルすすむとそれはあった。それは環状列石遺跡ではなく石材切り出し現場だった。がくっ。
 「Stone」という単語だけで環状列石を連想してしまったための早とちりだが、表示には一緒に「quarry」という単語も書かれていて、これが”石切り出し場”という意味だというのを知らなかったのも良くなかった。

しかしそのおかげで別の出会いと楽しい経験を持つ事が出来た。
石切り場からもとの国道に引き返す途中、でっかい材木を積んだトラックと鉢合せ、道が狭いために俺が離合スペースまでバックした。するとすれ違う時に、トラックの運ちゃんが、「そのバイクはなんだ?」と気さくに声をかけてきた。二言三言立ち話したあと、運ちゃんが「茶でもしばきに来ないか?仕事場がすぐ近くにあるから」と言ってきた。
 トラックの後ろをついて行くと、なんとさっき間違えて迷い込んだ石切り場に入っていく。彼は石切り場から100メートルほど離れた、作りかけのログハウスがある場所に車を止め、「俺はダン。ここが俺の仕事場だ」と自己紹介した。

彼はフリーの大工で、今はここに泊り込んで石切り屋のログハウスを建築中なのである。しばし茶を飲みながらしゃべくった後、ダンが近くの小規模な環状列石遺跡まで連れて行ってくれた。ダンはホンダのドミネータという650ccのバイクを持っており、バイクでこんなとこ走ってもええんかいなというような草のダートを駆け上がって丘の上の遺跡まで一緒に走った。
遺跡は全然たいしたことなかったけど、その後また別の友達も来て、3人で近所の林道を走り抜け、すこし離れたパブで一杯。さらに別の林道を走り、もうすこし離れたちょっと大きめの町で飯を食った。
彼らは地元でもあるせいか、むちゃくちゃ速い。俺も久しぶりに本気で林道を走った。爽快だ。

大きな声では言えないんだけど、飯を食った後、パブでしこたま飲んだ。おごったりおごられたりを繰り返しているうちに何パイント飲んだだろうか?町では夏祭りみたいなのもやっていて、そこでもまた飲んで、挙句の果てに、帰る時にまたUロックを外さずにバイクを始動させ、チェーンカバーをまた破壊してしまった。二回目なので今度は壊れ方がさらにひどく複雑骨折状態。そして今度はスポークまでほんの少し曲がった。やっぱり「飲んだら乗るな」、守らんとあかんねえ。


7月23日 イングランド Salisbury / ホテルトラファルガー(40£)

昨日は結局、ダンの仕事場の、彼のキャラバンの隣にテントを張らせてもらった。
昨夜遅く、パブから帰ってきてから、ほんの近くの岩山に一緒に登った。彼の携帯電話は古いのでこの山に登らないと電波が入らないらしい。真夜中で真っ暗のなか、それも険しい岩の道を彼は何事もないようにさっさと歩いてゆく、俺は着いてゆくのに精一杯。ビールで足元もしっかりしてないし、ほんとに怖かったぜえ。
 こんもりとした岩山は、これも大昔の巨石文化の人々の創造物らしい。頂上からながめる星空はなかなかきれいだった。

ダンは来年あたりに、イギリスからアジアを経てニュージーランドに至るというバイクツーリングを計画してるらしい。彼は今は現場にキャラバンを持ち込み、泊り込みで仕事をこなしているが、もともとは二児の父親で嫁さんもいる。そんなに気軽に長期のツーリングに出られるのか、こっちが心配になってくるが、見かけも中身もかなりワイルドな奴なので、どのみち一つところには落ち着いてられないだろうな。。近々ホームページも作ると言ってたので、できたらリンクしてやろう。

今日はなんとも中途半端な一日となった。
昨日パブでまた別のライダーと知り合い、今日の午後地元の林道を走りに行こうと約束してたんだが、待ち合わせの2時になっても彼が来ないので、ダンと飯を食いに行ったりその後彼がログハウスを建てるのを見てたりしてた。最初はここでもう一泊野宿する予定だったんだけど、ダンも仕事が忙しそうだし、長居するのも迷惑をかけるような気がして、5時を過ぎてからテントをたたみ、ダンに別れを告げてから出発した。

出発したのはいいものの、いきなりモーターウェイを目的地と反対方向に乗ってしまい、降り口もないのでそのままずいぶんと逆に走ってしまった。そして目的地のSalisburyに着いた頃にはすでに夜10時を過ぎていた。
最初アタックしたB&Bは宿のおばさんがあんまり感じよくなかったのでパスし、その後見つけたユースはすでにクローズ。あれこれ探している間に夜11時をまわりどんどん選択肢がなくなってゆく。そして苦し紛れに訪ねた小汚いホテルに40ポンドも払って泊まる破目になってしまった。なんか部屋がくさった玉ねぎの臭いがするぞ・・・15ポンドのB&Bの方が設備、サービスともよっぽどええわ。
やっぱり事は余裕をもってすすめんとあかんねえ。




7月24日 フランス Dieppe / ホテルFomula 1の隣の空き地 (ただ)

朝からストーンヘンジ見学に出かけた。ストーンヘンジはソールズベリーから約15キロ北の、平野のど真ん中にある巨石群だ。世界遺産にも指定されているだけあって、数日前にみた環状列石遺跡とはまるでスケールが違う。高さ7m、重さ何トンもの石を何十個も、わざわざ何百キロも離れているウェールズから運びこんだという。それも5000年前から3000年前にかけての話。ちょっと信じがたい。
5000年前と言えば、エジプトのピラミッドが建造されたとされる時代。お互い全く別個に作ったのか、それとも「ねえねえ、この石かなり重いんだけど、なんかいい運び方あるう?」とかいって情報交換してたのか?
そして何のために2000年もかけて気の遠くなるような作業を続けたのか?考え出したらまた寝れなくなってしまうのでこの辺でやめとこ。

その後ソールズベリー市内を見学してからフェリー乗り場のニュイーへブンに向かう。寄り道をしながら、途中でフィッシュ&チップスの食い納めをしたりして、フェリーポートに着いたのは6時半ごろ。本当は時間のチェックだけして明日乗るつもりだったんだけど、たまたま夜8時半のフェリーがあったので、はずみでそのままチケットを買って乗ってしまった。こうしてあっけなくイギリス・アイルランド二ヶ月弱の旅は終わった。行ってないところも一杯あるけど(特にロンドンなんかただ通過しただけ!)、またいつかのために取っておこう。

フェリーがフランスのDieppeに着いたのは夜中12時、あたりをつけていたFomula 1というチェーンの安ホテルが既に閉まっていた。さあどうしようか?パリに向かいながら道路沿いの開いてるホテルを当るという手もあったが、今日はもう一つの選択肢、野宿に決定。ホテルの横のなんかの店の敷地が、テントを張ってくださいと言わんばかりのええ具合の芝生になってて、30秒の思案の上ここに泊まることにした。フランス語なので何の店かはわからないが、10時オープンと書いてあるのだけは分かったので、7時ごろに撤収すれば問題ないだろう。
テント張り作業の間、何台かの車がいぶかしげにスピードを落として通り過ぎていったが気にしない、気にしない。


7月25日 フランス Paris / Karim君のアパート (ただ)

野宿場
朝7時半起床。店の人間が来ないうちにてきぱきとテントをたたんでバイクの点検。一時間後には出発だ。こんなに早く出発できるなんてこのツーリング始まって以来初めてではなかろうか?朝をいかに有効に使うかが課題だったが、「私有地に無断でキャンプする」というのが一つの解決案になりえる(わけない)。
しかし走り出してすぐ、後ろから追い抜いてきた車に「ヘイにいちゃん、グローブ落としてるぜ」と言われて後ろを振り返ると振分けバッグの横ポケットがまたもや全開状態、冬用グローブの片方を確かに落としている。道路は分離帯エリアだったので、500mほど歩いてもどって拾い、本日のツーリングが本格的に始まった。

昼飯を除きほとんど走って昼過ぎには目的地のパリへ。4ヶ月前に訪れた保険屋を再度訪れ保険の更新。実はアイルランドの後半に保険(グリーンカード)が切れ、現地で保険会社が見つからずにそのまま今まで無保険で走っていた。この期間、けっこう危険な状態だったが何にもなくって良かった。
前回は3ヶ月(1500フラン)のを買ったが、今回は1ヶ月間有効の600フランのやつを買う。8月はスカンジナビア諸国でこの保険は有効だが、その後訪れる予定のの東欧とかバルカン諸国についてはは、この保険は適用外だから、9月以降は入国の度に買わないといけなくなる。面倒くさいことこの上ない。

保険を買った後は、ネス湖で知り合ったKarim君の家を訪れる。一方通行の連打で場所はわかってるんだがなかなかたどり着けない。大都会だけに車も多く、ええかげんうんざりしてきたが夕方前には何とかたどり着いた。
彼の家はパリ5区のほとんど都心にある。今日は彼の家に泊めてもらうことにしてるんだが、部屋が恐れていたエレベータなしの6階とかではなく、0階(日本の一階)なのでホッとした。実際、この旅の最初に世話になったルヴォン君の家はエレベータなしの6階なので、今回はお世話になることを断念したんだ。40キロ以上の荷物をもって6階を上り下りするのは半端じゃなくしんどいで。

karim君は21歳、数学専攻の大学生だが、俺が来るってんで、無理してレストランでおごってくれた。俺は世話になる事でもあるし、だいぶ年下なので出してやりたかったんだけど、彼はその点強情で俺に1銭も出させなかった。ドイツのアンドレアスもそうだったけど、ヨーロッパ人て、人を招く時、自分がホストだってのを、日本人よりも強く意識するみたいだな。
彼は来年日本に来るらしいから、その時倍返ししてやろう。


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