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7月16日 ウェールズ Rhyd-y-Foel / Meyfod B&B (18£)

ウェールズでの夕日
朝はキャンプ場でバイクの点検や洗車をしたり、他のキャンパーとしゃべくったりして過ごした。そうこうしているうちにすぐに昼になってしまう。毎度のことだ。なんとか朝をもう少し有効に使いたいね。サラリーマンの時、どうして毎日9時かっきりに仕事をはじめられていたのか不思議だ。やっぱりやる気の問題かねえ。
 
テントを仕舞って昼過ぎから湖水地方をまわる。湖水地方はイメージとだいぶ違った。人と土産物屋と車とサイクリング車でごったがえし、完全に軽井沢状態。売ってるグッズもメルヘンチックな動物の人形とか、なぜか似かよってくる。それでも町の中心からすこし離れるとのどかな風景が広がっている。湖と森と牧草地がええ按配で組み合わさっていて皆があこがれるのも納得できるね。

それから更に南へ下る。久しぶりにモーターウェイを使い、ブラックプール、リバプールを通過し、一足跳びにブリテン島のもう一つの国、ウェールズに入った。





7月17日 ウェールズ Dolgellau / キャンプ場(3.5£)

デビッドとアイリーンうしろがB&B
昨日泊まったB&Bは最高によかった。海岸沿いの国道で見つけた看板にしたがって山の方へ3キロほど走るとRhyd-y-Foel というちいさなちいさな村にたどり着き、宿はさらにその奥の、静かな林の手前に建っていた。
デイビッドとアイリーンという上品なご夫婦がやってるその宿は、小さいけども何もかも揃っていて素晴らしかった。引退して子供も巣立って、暇つぶしに自宅を開放してるという趣で、客室も二階のふた部屋だけと思うが、いろんなところに気が配られているのが良くわかる。
 こぎれいな部屋は白と青を基調としており、ふかふかのダブルベッドと気の利いた調度品が置かれている。窓からは裏手の林が一望でき、鳥のさえずりと、夜には牛の遠吠えも聞こえる。エンスイートではないが、広々としたバスルームが一階にあり、トイレシャワーつきの部屋よりこっちの方がよっぽどいい。久しぶりのバスタブでついつい長風呂してしまった。

荷物で散らかってるけど、部屋はすばらしいでしょ
前にも書いたけど、B&Bはとても便利で快適なので気に入っている。日本にも民宿があるがやっぱりちょっと違う。なんというか、こっちの方が敷居が低いんだな。B&Bという独特の宿形態がどのようにしてイギリスおよびアイルランドで発展したのかはよくわからないが、この二島にあまねく存在し、完全に一つの文化となっている。
もちろん商業的なB&Bも多いが、基本はなんといっても「個人の自宅に招く」という思想のもとに成り立っている文化だと思う(ちなみにちょっと大き目で商業的なのはしばしば"Guest House"と呼ばれてたりする)。
 当然他人に見られても恥ずかしくない程度の家の広さ、美しさ、設備が整ってないとダメで、また人をもてなすだけの心の余裕と経済力も必要だろう。そういう条件を満たした宿がどこに行っても見られる。これはイギリス社会の懐のふかさ、力強さの表れだとも思うんだがどうだろうか?

昨日今日と快晴+ぽかぽか。数日前のスコットランドの悪天候はなんだったの?と思わせる最高のお天気だ。こういう日はやっぱりキャンプ!と言う事で、Conwyという城下町を見学した後、Snowdonia国立公園を南に下り、Dolgellauという町のはずれのキャンプ場を見つけた。



7月18日 ウェールズ Talsam / キャンプ場(3.5£)
Talsamのキャンプ場。芝生がふかふか
で気持ちいい。でも夜露が強烈
今日も空は真っ青!3日も快晴が続くなんてスペイン以来経験してなかったんじゃないかな。キャンプ場にもう一泊して日光浴でもしながらだらだら過ごすのも一興だとは思ったんだが、せっかくの天気に走らないのももったいない。結局朝はだらだらして昼から走り出した。いつもとおんなじやんかと突っ込まんといてね。
Dolgelllauからカンブリアン山地の西側を通り、蛇行しながらも方向的には南へすすむ。天気も最高、バイクも快調、すれ違うライダーと挨拶を交わしながら機嫌よく走った。

途中、Tywynという町で、地元民に教えてもらったお勧めのカフェはいり、KidneyPie定食(kidneyPieとフライドポテト、豆のセット)を食った。3.3ポンドで味はまあまあ。カフェは日本で言えば定食屋だな。パブやバーにもランチメニューがあるよ。

その後、Machynllethという町で”CELTICA”というミュージアムに入った。これはケルト人やケルト文化について、文字は全く使わずにさまざまに工夫を凝らした映像と音声にて紹介していくという趣向のミュージアムで、見学者にとっても楽。日本でもおんなじなんだけど、展示物に沿えて長々と書いてある説明はええ加減うんざりするもんね。
 CELTICAによると、ケルト人の性格は好戦的、創造的、名誉を重んじる、酒好きなどなど。個人としてはめっぽう強かったんだけど、組織として戦う事がなかったので、次第にローマ人やアングロ、サクソン人などに制圧され北方と西方へ追いやられていったんだとさ。酒好きっていうのも、これらの地域でのパブの繁盛ぶりを見れば納得できる。
あと有名なケルト紋様はたいていエンドレスになっていて、これは魂の不滅を意味するらしい。人は死んだらanother worldへ行って、そこでまたおんなじような生活をするんだって。紋様は抽象的・象徴的で印象深いパターンだ。
ケルト語はここウェールズやアイルランド、スコットランドでもそなんに聞く機会はなかったけど、英語よりも喉の奥の方で発音する事が多い言葉。
ケルト社会はドルイド教という今は死んだ宗教に支配されており、僧が一番えらく、その下が戦士、そして多くの平民は奴隷のような扱いだった。
なかなか素晴らしいミュージアムで、いい社会科の課外授業となった。


それにしてもここウエールズもケルトが売りだ。要するにイングランドはケルト勢力に取り囲まれていることになる。もともと彼らがグレートブリテン全土に住んでたのをアングロ、サクソン人が隅っこに追いやったんだから当たり前といえば当たり前だがね。マン島、アイルランド、スコットランド、ウエールズ、そしてイングランド内のブリタニー地方やフランス、スペイン北部にもケルト関連地域があるという。



7月19日 イングランド Lynton / Pans Paraphernalia (15£)

南西イングランドExmoor Forestのダート道にて
ウェールズってUKの中ではけっこう地味で、イギリス旅行する人も、スコットランドには行くけど、ロンドンからより近いウェールズは寄らないという人が多いんじゃないかな。俺の持ってる「地球の歩き方ヨーロッパ編」にもウェールズの事は一言も書いてない。実際俺もウェールズの首都がカーディフCardiffってのはここに来るまで知らなかった。
イングランドに近いだけあって、スコットランドよりも、より従属的な立場に置かれてきたようだ。ただイングランドとウェールズの関係もけっこうややこしく、13世紀以降、イングランドはうまくアメとムチを使い分けながらウェールズを支配下に置いてきた(たとえば皇子にプリンスオブウェールスの称号が与えられるように)。
そして現在でも毎時間、というか数十分ごとにUKの戦闘機が低空飛行で飛び回っていてうるさい(こんなん日本やったらぜったい許されへんで!)。原発の基地もウエールズに集中してるようだし。北アイルランドでも似たような体験をしたが、こういうのを知ると、やっぱりイングランドはその他の地域を対等とはみなしていないと感じる。

しかし驚いた事は、イングランドとより近い関係にあったウェールズが、他の地域−アイルランド、スコットランド、マン島など−よりもしっかり自国の言葉を守っている事だ。例の「ロンプラ」によると、人口の約18%がウェールズ語を話すという。走っていても、道路標識やその他の公的な表示には英語とウェールズ語の併記が徹底しており、ウエールズ人々が自国の言葉を育てていこうとする姿勢がよくうかがえる。アイルランドと同じくウエールズ語専門TVチャンネルもあり、学校でも10年ほど前からウェールズ語は必修科目となり、なかには全ての教科をウェールズ語で教えている学校もあるらしい。山がちの国土で、頑固に自らの生活を守ってきたウェールズ人の気質は今でも健在、というところだろうか。

もっと何日か滞在してウェールズのことを知りたかったが、時間の余裕もないし、なんせ国土が狭いので、走りつづけていたら勝手にイングランド領に入ってしまった。



7月20日 イングランド Carbis Bay / キャンプ場 (6£)

コロベリーの風景
LintonからCeltic海に沿って南西の方角に走る。コーンウォール地方の最西端、「Lands Endランズエンド」まで行ってやろうという魂胆だ。この海岸沿いは国立公園や景勝地が多く、なかなか走り甲斐のあるコースだ。途中、Clovellyという小さな漁村を訪れた。ここは3.5£の入村料をとる。海へと続く急斜面に狭い階段の路地が通っており、その両端に家々が立ち並んでいるというかなり珍しいつくりの村だ。それとここはCharles Kingsleyという作家の故郷。それ以外にこれといったセールスポイントはないのだが、それだけで多くの観光客が村を訪れている。港のレストランでスカンピscampiという車えびのフライ料理を食ってみたが、たいしてうまくなかった。揚げ方がハードすぎる。

そのあとさらに進んで、コーンウォール地方というグレートブリテン島最南端地域まで足を運んだ。余りにも天気が良く、寝不足もあったので、途中で死ぬほど眠たくなって道脇の放牧地に侵入して一時間ほど昼寝をしたが、7時頃に広々としたキャンプ場を見つけてテントを張った。



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