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6月11日 マン島(U.K.) /  Dauglas  ・Sara&Graeme家ホームステイ(16P)

マン島のナンバープレート
本当は今日の夜のフェリーでアイルランドに渡るつもりだったんだけど、昼間博物館へ行ったり、島の田舎道を走ったりしてるうちにだんだん気が変わってきて、夕方にはフェリーの窓口に行ってチケットを15日に変更してしまった。
いやいやなかなか魅力的なとこだよ、ここは。

博物館で多少の知識を得たのでせっかくだから披露しておこう。(浅薄な英語力のためまちがってたらごめんして)
 この島に最初に人が住み着いたのはずっと昔だが(いきなり超いい加減だ)、2000年ほど前にケルト人が海を渡ってやってくるようになった。彼らはもともと中央ヨーロッパにいたんだけど、元来移動好きな人々だったのと、ローマ人にプッシュアウトされたのもあったのかもしれない。
マン島のシンボル
ともかく彼らは一気にではなく徐々にこのマン島や隣のイギリス、アイルランドに数を増やしていった。
 しばらくケルト人は平穏に暮らしていたんだけど、9世紀に入ると北方からバイキングがやってくるようになった。なにかと荒くれ男のイメージがあるバイキングだが、ここではケルト人と共存する形で彼らもこの島に住み着いた。
 その後、イングランドやスコットランドの支配を受けたりするが、基本的にはマンクス文化というのは、このケルトとバイキングの合わさったものが土台になっている(と思うんだけどね)

この国の議会運営も、マンクスの伝統的文化に基づいている。毎年真夏に開催される議会は、Tynwaldと呼ばれる野外の会議場で執り行われる。この形態はバイキング以来1000年も続いている。しかし青空の下で法律を決めるなんてなかなかイキじゃないか。




6月12日 マン島(U.K.) /  Dauglas  ・Sara&Graeme家ホームステイ(16P)

左からイザベル、ベンジャミン、クリスチャン
今日でホームステイも8日目。ハックマン家にもすっかりなじんでしまってなかば親戚のおっさんのような存在になっている。もともとのルールは部屋と朝飯だけなんだが、いつの間にか夕食も一緒に食べるのが当たり前になり、明日はスターターのスープ作り係に指名されている(この前つくった味噌鍋は本当にうまかったのかもしれないな)。

部屋も最初はたこ部屋だったのが、次はコンピュータ部屋、そして昨日からはちゃんとしたベッドのある個室に昇格した。
昨日Saraに宿泊の延長を頼んだ時も、「あんたはもう一人の息子みたいなもんだから、いつまでいてくれてもいいのよ」と言われ少し照れた。なぜならSaraは俺より一つ年下だからだ。

ダンナのGraemeも実は俺とよく似た身で、現在仕事をしておらず充電中である。だから昼間は居間でくつろいだり、近所へ散歩に行ったりして過ごしているので、彼ともゆっくりといろんな話ができる。
息子のベンジャミンとクリスチャン、そしてダッドリーという、椅子に腰かける変な犬もなついてくれて、この場所はかなり居心地のいい状態になっている。
夜はみんなでメシを食った後、ビールを飲みながらビデオ鑑賞会をするという穏やかな毎日を送っているのだ。
 

6月13日 マン島(U.K.) /  Dauglas  ・Sara&Graeme家ホームステイ(16P)

「ミレニアムウェイ」というオフロードを見つけた。Ramseyから国道3号線をちょっとばかり西に入った所に入り口がある。脇には馬とバイクの絵が描いてある標識があるので入ってもいいのだろう。地図で確認すると、この道は島の最南端に近いCastletownまで続いている。全長で30kmはあるだろう。久々のオフロードが楽しめると喜び勇んで山の中へ分け入った。

走り出して暫くすると広大な牧草地に入り、ゲートに突き当たった。このゲートは閉まってはいるものの、ロックはしてないので、開けて中に入って閉めて、また進んだ。そして暫く走るとまたゲート。同じことを繰り返して、3つ目のゲートを迎えた時、「ミレニアムウェイ」と「馬・バイク」用道路が分かれた。ミレニアムウェイの方には許可車以外入るべからずとある。一瞬知らん振りして走ったろうかと思い、実際数百メートル進んだが、もし見つかってムチ打ちの刑になるのもイヤだから、Uターンして「馬・バイク用道路」の方を進んだ。

このあたりはまだよかったんだけどね
この道はかなりの荒れ様で、ガレているわけじゃないんだけど轍がひどい。深いところでは50cmほどもあるだろうか。そしてぬかるんでいる。轍に沿って慎重に走るが、俺の技術ではかなり難しく何度もひっくり返ってはバイクを起こし汗だくだ。
そんなこんなしながら数キロ走ったら、今度は前方に巨大な水たまりが出現。長さ10m以上、道全体を塞いでいる。中に乗入ればぬかるみに足をとられてこけることは目に見えている。ここでこれ以上の深入りはやめて引き返すことにした。ところが・・・

ふと道の脇を見れば、向こう側の牧草地を道とを隔てている高い土盛が一ヶ所崩れて中に入れるぐらいの隙間ができている。とりあえずバイクを降りて歩いて中に入ってみると、水たまりの向こう側にも同じような土盛の隙間がある。この水たまりの部分だけを、牧草地に侵入して迂回するとまた先に進める。羊さんにすんませんと謝りながらおずおずとバイクを牧草地に乗り入れた。

入る時はけっこう簡単に入れたんだけど、出る時は幅も狭く、土盛もあまり崩れてないので越えるのにかなり苦労しそうだ。さらに悪い事には、その部分は柵が倒れて鉄条網が二本、地面を這っている。これを踏んでパンクした日にゃたまらんので、なにか下に敷くものを探した。牧草地なので石は見つからない。しかしあった。牧草地ならではのものが。牛の糞と草とをまぜてつくった肥やしだ。これが平べったくのばされてあちこちに落ちている。見たところカラカラに乾いているので拾って鉄条網の上に置こうとしたら・・・

この肥やし、表面ばパリパリなんだけど、中身はホカホカで、ちょうど蛸虎のたこ焼き状態になっていた(京都人ならならわかるはず!)。掴んだ瞬間「グニュ」という感触があり、グローブが深緑色のくさい肥やしでべとべとになった。
この作戦は失敗だ。やっぱり悪い事はするもんではないなと後悔しながら、こんどは地道に鉄条網の釘の部分をひとつずつ折り曲げてタイヤに刺さらないようにし、そろそろとバイクを道の方に出した。

なんとかバイクを道に戻し、さらに進んだが、結局もとの国道に戻った。この挑戦は徒労に終わったようだな。この後、別の場所から再度「ミレニアムウェイ」への侵入を試みてみたが、今度は完全にロックされたゲートに突き当たり、断念する以外になくなった。やっぱりヨーロッパでオフロードを楽しむのは楽じゃないってことか。



6月14日 マン島(U.K.) /  Dauglas  ・Sara&Graeme家ホームステイ(16P)

すごい数のバイクが置いてあるバイク・ミュージアム
バイクの進化がよくわかる
旅の思い出に、TTコースを一周して時間を計ってみようと思ったんだけど、途中でミスコースしてしまった。グランドスタンドからスタートして、国道一号線を西へとり、15キロほど走ったところで本当は右折しなきゃいけなかったんだが、ボケッとしてそのまままっすぐ進んでしまい、気が付けばPeelという港町に突っ込んでしまっていた。
明日は出発日だが、午前中にもう一度トライしてみたいな。せっかくだからね。

そういえば昨日、これもTTコース上にあるバイク・ミュージアムに行ったら、YUKKYのハガキが壁に貼ってあるのを見つけた。こんな異境の地で友人の足跡に出くわすとなぜか途方もなく嬉しくなる。彼女は毎年ここへ来ているし、かつバイク乗りなので別に驚くほどのことでもないんだけど、そこの管理人(または持ち主?)に、「これは俺の友達のレーサーだ。すごいだろ」と自慢した。ついでに俺の名刺を隣に貼らせてもらった。


6月15日 アイルランド ダブリン / Dublin International Youth Hostel (12pt)

完走後ホームストレート前で記念写真
ダブリン行きのフェリーは午後二時なので、それまでにTTコースを一周だ。
今日は道を間違わず、無事一周した。一周60.8kmを49分17秒、最高時速105.9km/h、平均時速73.6km/hという記録だ。レースでは一周18分で走るので3倍近く遅いスピードだけど、信号待ちとかがなかったらいい勝負してるかもしれない(なわけない)。とりあえずマン島上陸記念に、一周通して走れてよかった。特にマウンテンコースでぶっ飛ばしたのが気持ちよかったで(壊れたら困るのでフルスロットルにはしなかったけど)。

ハックマン夫妻と別れを惜しみつつも、フェリーポートへ急いだ。これまた毎度の事なんだけど、ぎりぎりにまでだらだらして、いざ出発と言う時にキーをどこかにやってしまい、夫妻も巻き込んで大騒ぎ。結局スペアキーを使ってなんとか出航には間に合った。そしてフェリーに乗ってからマスターキーをウエストバッグの中から発見。もう、全ての持ち物に発信機をつけときたい心境ですわ。

フェリー内でビールを引っかけてると、すこぶる陽気そうなじいさんが話し掛けてきた。でもあまりにも早口でかつ酔っ払ってるので何を言ってるのかほとんどわからない。適当に相槌を打ってたら、じいさん気前が良くなって俺に1パイントおごってくれた。けっこういいじいさんじゃないか。俺もだんだん調子よくなってきていろいろマン島での事を話しているうちにまた一パイントおごってくれた。さらに調子が良くなってガンガンいっているうちにダブリンに着いてしまった。そう、俺はバイクと一緒にフェリーに乗ってるのをすっかり忘れて3パイントも一気にいってしもうたのである。

フェリーを降り町の中心地に向かったが、折りしも夕方のラッシュに巻き込まれ全然進まない。そのうちバイクの振動と排気ガスで気分は悪くなってくるわ小便はしたくなってくるわ大変だったが、なんとかユースを探し当てて、かつ空きベッドもあったのでチェックイン。荷物を運び入れてからはシャワーも浴びず泥のように眠った。



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