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6月6日 マン島(U.K.) /  Dauglas  ・Sara&Graeme家ホームステイ(16P)

レストランは満席だったんだけど、
親切な人が相席させてくれた
今日レースがない日なので、グランドスタンド周辺や街の中を歩く。レースがなくてもいろいろ楽しいイベントをやってたり、各国から海を渡って馳せ参じているさまざまなバイクを見て歩いているだけでも面白い。期間中に約4万人のライダーがこの小さい島に押し寄せるらしい。この島の人口は約7万人だから、この期間は50%増し以上になるわけだ。

俺はバイクのレースについてはほとんど何も知らないので、YUKKYからいろいろ教えてもらった。このTTレースというのは以前バイクの世界グランプリに組み込まれていたが、あまりにも危険で毎年多くの死者を出すので数年前に外されたそうだ。聞けば98年は13人、そして今年も、もう既に3人死んでるのだそうだ。そりゃそうだろう、一周60kmのコースは全て公道で、専用のガードなどはほとんどない。道路も狭い割には結構アップダウンしてるし、たいへんな集中力が必要なコースらしい。こんなところを走って何にも起こらない方が不思議だ。
 その日のレースが終わってからは、一般にもコースが開放され、待ち構えていたように何人ものライダーがコースを攻めまくる(マン島では多くの一般道で速度制限がない。)。そこで死んだり怪我したりする輩も多く、今日もグランドスタンド付近で松葉杖をついてるライダーを何人も目撃した。俺はオフ車でかつYUKKYを乗っけて走ってるので、後ろからすごいスピードでどんどんパスされてゆく。


そんなに危険なレースなら、とっくに中止されていてもおかしくないのだが、それでも毎年続けられているところはさすがIsle of man というべきであろう。先ほどの多くの道で制限速度がない話や、いまだにムチ打ちの刑が存在しているという事実からみても、Isle of Manはヨーロッパで一番ワイルドな国と言えるだろう

 


6月7日 マン島(U.K.) /  Dauglas  ・Sara&Graeme家ホームステイ(16P)

ツバメの巣ではない
午前はウルトラライト級とシングル(混走)、午後は600CCの決勝を観戦、そして夕方7時からはパープル・ヘルメットというバイクパフォーマンス集団のショーを見る(爆笑)。今日もTT三昧だ。ウルトラライト級ではジョイダンロップという48歳のおっさんが優勝。このおっさんは、他の種目にも出場しており、今回のTTではすでに3勝している。マン島で一番速い男と言われ、ライダーにとっては憧れの人らしい。俺は全く知らなかったので、最初この名前を聞いたとき、「タイヤがどうかしたのか」と間抜けな事をいって周りを唖然とさせてしまった。
 ただおっさんの名前を知らなくても、このタフな公道コースで短期間に何勝もするなんてどえらい事だと言うのは良くわかる。実はこの島で昨日一日だけで7人死んだ。ほとんどは一般ライダーの事故なのだが、それだけ集中を要する危険なコースだと言う証でもある。

それにしてもこの小さい島で一日7人というのは尋常ではない。しかしその事を教えてくれたあるメカニックも平然といってたし、YUKKYも「誰もがいずれ迎える運命が、たまたま早くまわってきただけよ」とえらくクールに言ってくれるし、レーサーと言うのは根性が座っていると言うかなんというか・・・・

夜はまた同宿のフランス人集団と宴会。フランス語一本槍のやつらもさすがに英連邦のマン島ではそうもいかず、怪しげな英語をとつとつとしゃべっていた。英語で「町(town)のことはどういうのか?」と聞いた時は思わずこけそうになったが。まあ俺も人のことはいえないんだけどね。



6月8日 マン島(U.K.) /  Dauglas  ・Sara&Graeme家ホームステイ(16P)

一見普通の猫なんだけどね
意外に知られていない事だが、マン島”Isle of Man” は一つの国である。行政区画上はイギリス王室の保護領となっているが、独自の政府、議会を持ち、通貨も発行している。人口は7万人、首都はダグラス。言語は英語だが、もともとはマンクス語という言葉を話していたらしい。島はなだらかな丘陵が多く、気候は緯度の割には比較的温暖(といってもここ数日間は天気が悪く、6月とは思えないほど寒かったが)。この前も書いたが、未だに体罰刑を残し、かつ地道の多くが制限速度なしというなかなかワイルドな国である。

島特有の動物に、尻尾のないネコ、マンクスネコがいる。尻尾は大昔に突然変異でなくなったそうだ。俺もこの変てこなネコに先日お目にかかった。こっちに来て二日目にYUKKYとTTコースを流してた時、コース沿いの家から上品そうなおばちゃんがネコを抱いて手招きしている。なんだがよくわからないが、とりあえず招かれるままに家の中に入っていったら、それはマンクスネコだった。おばちゃんと同じく上品そうなネコだったが、尻尾がないために歩き方も少しぎこちなかった。なんでおばちゃんが手招きしたのかと言うと、「単に自慢したかっただけじゃないの?」(YUKKY談)
 といっても、島のネコはみんな尻尾がないのかというとそうではなく、今ステイしてるHackman家のネコは立派な尻尾を持っている。俺もそれ以外はマンクスネコを見ていないから、マン島でもけっこう珍しい生き物なのかもしれないな。




6月9日 マン島(U.K.) /  Dauglas  ・Sara&Graeme家ホームステイ(16P)

なだらかな丘陵が続くマン島の地形
またまた雨。さすがに言われるだけのことはある。しっかりと毎日降ってくれるやないか。おかげで今日のプロダクションTTはさんざん遅れた挙句に予定の半分の2ラップ、そしてシニアTTは翌日持越しとなった。俺はと言えば、二度もグランドスタンドに足を運んだのに、その度に天気が悪くなり、愛想をつかしてスーパーで買い物をしてステイ先に帰った瞬間ラジオでレースが始まったことを知った。だから今日は何にも見てない。

こっちに来てからほとんどHackman家の夕食に一緒に混ぜてもらって食ってるので(なんていい人たちだ!)、今日はせめてお返しをしようと、鍋料理を思い立った。スーパーで豚肉、魚、貝(魚も貝も見たことない種類だったがなかなかうまかったわい)、ネギ、白菜を入手し、手持ちの味噌で寄せ鍋仕立てにしようと目論んだ。しかし肝心のダシがない。仕方なしにポークブイヨンとしょうゆで間に合わせたが、味噌と絡むと妙な味になってしまった。うーん、今日の晩飯大丈夫かな?Saraは今日は俺が鍋を作ると言ったら一通りキッチンの使い方を教えてくれたが、その後は「今日は私は休みだから。じゃあ後はよろしく!」と居間でくつろいでしまっている。

それでもなんとかこさえて食卓に出した。GraemeとSaraはうまいうまいと何度もおかわりをしてくれたが、長男のベンジャミン7歳は「あんまりうまくないよ」とハシがすすまない。さてどちらを信じればいいのか、子供の方が正直なような気もするんだけどね・・・・
 ただこの中途半端な鍋に続いてYUKKYが白菜の酢和えと照り焼きチキンを作ってくれたので、どうにか日本勢の面目は保てた格好になった。この二品は結構いけたぜ。



6月10日 マン島(U.K.) /  Dauglas  ・Sara&Graeme家ホームステイ(16P)

シニアTTで優勝したジェフリーの勇姿
こんなに間近で見れる(最終ラップ)
今日はTT最終日。柔道でいえば無差別級にあたる「シニアTT」が久しぶりの青空の下行われた。YUKKYが今朝帰ってしまったので、今日はハックマン夫妻そして二人のわんぱく坊主と一緒に観戦する。今日は丘陵地帯を走る下りのストレートコースに陣取った。予定では昨日全日程が終了するはずだったので、観衆もやや少なく、そのため本当に手が届くぐらいの間近で見ることができた。猛スピードでレーサーが通り過ぎた後は風圧まで感じる近さだよ。柵も何にもなく、みんな路肩の草の上に座って観戦しているが良く考えたらこれもかなり危ないよなあ。俺はコースがちょっと盛り上がってマウントになっている付近で見てたので、バイクが一瞬ウイリー状態になり一層すごい迫力だ。

この日の優勝者はジェフリーという左の写真の男だ。今TTすでに3勝しているジョイダンロップは3位に終わった。そして唯一日本人でエントリーしていたJUN MAEDA氏(マエジュンと呼ばれていたが)は残念ながら一周でリタイアした。彼とは3日前にホンダのガレージで会った。YUKKYが激励に行くというのでついて行ったんだ。俺は言葉を交わさなかったけど、その時はアクセルの調子が悪くパワーがうまく出ていないようで、しきりにメカニックと話し合っていた。ひょっとしたら今日のレースまでに問題が解決されなかったのかもしれないな。

レースが終わって車で家路へ向かう途中、カーラジオで地元放送局が何か言っているのが耳に止まった。「フェリー乗り場の観光案内書で英語がほとんど話せない日本人が何か助けを求めてるんだけど全くわからんので、誰か通訳できる人がいたらボランティアしてくれないか」という呼びかけのアナウンスメントだった。SaraとGraemeが「アキ、助けてやったら?」と言う。俺も同朋が異境で困ってるのを見過ごしたくはないので、一行はそのままフェリーポートへ向かった。こういう経験も小さい国ならではだねえ。
町ではこんなレトロな
バイクも見かけるよ

 観光案内所にいたのは20代半ばぐらいの兄ちゃんで、なんでもホームステイ先で財布とクレジットカードを盗まれたそうだ。本当はこれから別のステイ先で8月まで過ごそうと思っていたんだけど、なんせ盗まれたのが10万円を超える大金なので、この予約を全てキャンセルして日本へ帰りたい、かい摘めばこういう事だ。
 観光案内所に依頼すべき事はこれから世話になるはずのステイ先にキャンセルを入れてもらうだけの話で、ごく簡単な依頼事項なんだけど、彼はどうやらその前後の状況を下手にに説明しようとして案内所の職員を混乱させ、ついでに自分も混乱してしまったようだ。さらに悪い事に、彼はなぜか予約しているステイ先の名前と連絡先を知らなかった(これこそなんで?と聞きたいが・・・)。

 そこで案内所のパンフレットでそのステイ先を探しあて、職員にキャンセル電話を入れてらった。万事これで終了。当座の金は翌週に日本から送金されてくるそうだ。
 彼は5月にここに来てこの島が気に入り、もっといろいろと歩いてこの島の事を自分のホームページで紹介したかったらしい。残念ながら今回は予定を切り上げて帰らないといけない破目になってしまったが、マン島は逃げないので、また近いうちにおいで。今度はもうちょっと英語を勉強してね!


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