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5月16日 リヒテンシュタイン Triesen / キャンプ場 (19sSfr)

フランス語猛勉中の3人娘
泊まったキャンプ場は今までで一番すばらしかった。四方を山々に囲まれて静か、そしてアルプスの雪解け水が冷たくて最高にうまい。管理人のおじさんもホスピタリティあふれていて、よっぽどもう一泊しようかと思ったんだが、今までの旅程の遅れを考えて出発することにした。

北へ行くには峠を越えなきゃいけないが、雪の為閉鎖中なので、この区間は列車を利用。 ちょうど峠の下をトンネルでくぐるという形になる。Oberwald〜Realp間、所用約20分、19Chf。こういうのもなかなかしゃれている。貨車には全部で5台のバイクが入った。そのうちの2台はスイス人カップルで彼らは新婚旅行の途中だそうだ。バイクでハネムーン、これもいいな。

列車を降りて走り出すが景色が素晴らしいのですぐに泊まって写真を撮ってしまう。走っていてもスピードが上がらない。結局今日は150キロほどしか走れなかった。夕方リヒテンシュタインへ入る。スイスからいつリヒテンシュタインに変わったのか全然わからなかった。チェックインしたキャンプ場もてっきりまだスイスだと思っていたらすでにそこはリヒテンシュタインだった。通貨もスイスフランだし全然わからん。明日はこのスイスのおまけのような国を一日観光してみよう。



5月17日 リヒテンシュタイン Triesen / キャンプ場 (19Sfr)

スイス-リヒテンシュタイン国境
リヒテンシュタイン公国はスイスとオーストリアの間にある小さい小さい国だ。山がちの国土といい独自通貨がないことといい4月に訪れたアンドラ公国と似ているが、こちらの方がさらに小さく面積は小豆島ほどだ。言葉はドイツ語、首都はVaduzファドゥーツ。首都なのに人口5000人、でも総人口が3万人程度だからそんなもんか。エンカルタ百科事典によると、昔はオーストリアの属州だったそうだが今はスイスとの関係がより深く、軍事や外交といった国にとって最も基本的な事もスイスに委託しているというすごい国だ。(でもなぜか国歌はGod save the Queenなんだが)

そういうことも反映してか、スイス-リヒテンシュタイン間の国境には旗が立っているだけで、気をつけてなければ知らぬ間に通り過ぎてしまうが、オーストリアとの国境にはきちんとした建物があり、結構マメに出入国をチェックしている。俺も今日ちょっとだけオーストリア領に入ってみたんだけど、戻ってくる時にリヒテンシュタイン側でパスポートと免許証、バイクの登録証書の提示を求められた。

観光と言ってもそんなにたくさん見るところはないので、国中をバイクで走り回ったり森を歩いたりしてみた。途中の山道でロイヤル・ファミリーが住んでいるお城を通ったが、日本で言えば皇居にあたるその居城はあまりにもかわいらしく山肌に張り付いている。絵葉書で一族の写真を見たが誰もかれもGパンとかカジュアルシャツでえらく気さくだ。町のスーパーとかで買い物をしてても特に違和感がなさそう。



5月18日 リヒテンシュタイン Triesen / キャンプ場 (19Sfr)

ここ数日晴天が続いていたが、今日は雨雲が大活躍、ほぼ24時間降りっぱなしだ。これではさすがに動けない。やる気がなくなり朝から二度寝三度寝とだらだらしていたら、隣のキャンピングカーの夫婦がお茶に誘ってくれた。

彼らジョンとダイアナはイギリスから休暇でやってきている。ジョンは不動産鑑定士だが現在休職中。シルバーグレイの気さくなな英国紳士だ。奥さんのダイアナはすごく上品な人で、お茶を出す時も、「ミルクはお入れなさる?これはイギリス式の飲み方なのですわよ」てな感じで丁寧に訊ねてくれる。久しぶりにちゃんとした英語を聞いたら、やっぱりすごくわかりやすく、俺の操るJANGLISHも熱心に聞いてくれて、「君はいいイギリス英語を話すね。どこで習ったんだい?」とものすごいお世辞で誉めてくれたが悪い気はしない、結局昼前から3時近くまで話し込んでしまった。

彼らに代表されるように、ヨーロッパのキャンプ場には立派なキャンピングカーで乗り込んでくる人が多く、滞在期間も日本のキャンパーよりもかなり長い。日本みたいに朝6時に起きてメシを炊いたりはせず(そりゃそうだが)、8時か9時ごろにゆっくり起きてシャワーを浴びたりお茶を飲んだり、実にくつろいでいる。そう、ちょうど自宅での休日の過ごし方を外に持ち出したようなものかもしれない。キャンピングカーはシャワー、トイレ、テレビ、ベッドなど、自宅と同じく生活できるような設備がついている。日本でキャンプと言えばワイルドなアウトドアライフを想像するが、ヨーロッパではだいぶ考え方が違うみたい。このキャンプ場に来ている人も例外なく持ち込みのキャンピングカーかキャンプ場据付のトレーラーハウスみたいなのに泊まっている。テントは俺一人、ちょうど大国に挟まれてひっそりと暮らしているリヒテンシュタインみたいなもんだ。



5月19日 スイス Zurich /City Backpacker (Hotel Biber) 29Sfr

チューリヒの川岸
丸一日以上降り続いた雨も明け方にようやく上がり、なんとか出発できる状態になった。でも太陽はでておらずかなり寒い。チューリヒまで百キロ強走ったところでやる気がなくなり、そのまま駅のインフォメーションで知ったバックパッカ-ズホステルへチェックイン。今旅行二回目のドミトリー。6人部屋だが建物はきれいでなかなか快適な宿だ。インターネットもできるようになっており利用者も結構いる。

夕方町をぶらつく。駅の構内に砂を敷き詰めてビーチバレー大会をしていたが、海のないスイスでビーチバレーの試合をしてると言うのも妙なもんだよね。

知らぬ間に戦線離脱していたもの。タオル二枚、くつ下一足、そして再び水筒。水筒はたぶん、バックパックのファスナーを閉め忘れて走った時に落としたものだと思われる。今思えば一回変な音がしたんだな、うしろで。そこには他にカメラとかも入ってたので、水筒だけですんで良かった方だ。



5月20日 スイス Grindelwald / Youth Hostel Grindelwald (26Sfr)

インターラーケン近くの湖にて
チューリヒからルツェルン、インターラーケン、そしてグリンデルワルドで投宿。スイス中央部のハイライトを総なめだ。といっても距離的には150km程度で今日もあんまり進まない。日ごとに走る距離が少なくなっていくけど大丈夫かな?このあたりは店先に日本語のオンパレード。なかには「着用できなくても諦めないで!」と訳のわからない文句を大きく張り出しているブティックもあったぞ。

グリンデルワルド周辺は花が咲き乱れてたいへん美しい。でも若干ツーリスティックだ。リヒテンシュタインの前に訪れたBrigからGrimsel峠にかけてのルートの方が素朴で好きだ。キャンプ場を探しているうちに道に迷って村外れの方角に入り込んでしまった。はてここはどこかと道路脇にバイクを停めた所がちょうどユースの前だったので流れでそのままチェックインしてしまった。


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